【今日のタブチ】桜美林大学・田淵ゼミ、学生が“お金をもらって映像を作る”意味――炎天下12時間の現場で見えた成長
昨日はゼミ生の引率で、一日中現場に出ていた。毎年の恒例となっている産学連携プログラムの初日だったため、朝から晩まで現場に張り付くことになり、当然ながら、ブログを書く時間はなかった。
この取り組みは「映像で社会の役に立とう」という趣旨のもと行っているもので、本学・桜美林大学のモットー「学而事人」を体現するプログラムでもある。これまでは、私の大学時代の友人である亜細亜大学の横川潤氏のゼミと連携し、「食」に関わる企業での体験をドキュメンタリーとして制作してきた。学生にとっては、現場を撮るだけでなく、他大学との協働という意味でも貴重な機会になっていた。
ただ、今年は少し変化をつけた。ゼミ生には二つのプログラムを用意した。その一つが、武蔵境自動車教習所からのオファーによる映像制作である(もう一つの八王子織物組合の案件については、別で書きたい)。
今回の試みで特に重要なのは、「制作費が支払われる」という点だ。つまり学生は、学内の課題としてではなく、「仕事」として映像に向き合うことになる。私はここに最も大きな教育的価値があると考えている。お金をもらう以上、クオリティに対する責任が生まれ、現場での判断にも緊張感が生じる。言い換えれば、「プロの入り口」に立たせるということだ。
そしてこの試みができることこそが、私のようなテレビ局という現場で働いてきた“実務家教員”の強みであり役割だと考えている。
この考えに賛同してくださったのが、武蔵境自動車教習所の髙橋明希社長である。そして昨日は、その最初の撮影日だった。
撮影対象となったのは、年に一度開催される「東京車人祭」というイベントだ。今年で37回目を数えるという。これだけでも継続の力に驚かされるが、実際に現場に行ってみると、その規模は想像以上だった。食べものだけでも、焼きそば、フランクフルト、唐揚げ、かき氷などといった出店が並び、しかもすべて100円。売り上げはチャリティーに回されるという仕組みだ。
開始直後から入り口には行列ができ、開場と同時に人が押し寄せ、会場はあっという間に埋まった。体感としても5,000人規模は下らない。近隣の住民がほぼ全員来ているのではないかと思うほどの密度で、いかにこの教習所が地域に根付いているかがよく分かる光景だった。
最後の大きなイベントが花火大会だ。30分間、絶え間なく目の前で花火が打ち上がる。その様はまさに圧巻だった。思わず「いくらかかっているのだろう」と考えてしまうほどの規模で、見たことのない最新の花火も多く、純粋に見入ってしまった。
学生たちはこの日、全員が初めて本格的にカメラに触れた。それにもかかわらず、機材の扱いから基本的な撮影技法まで、一日でここまで吸収したのは見事だった。一日でよく吸収したと思う。2台のカメラを使い、三脚を担ぎ、2班に分かれてディレクターとカメラマンを交代しながら現場を回す。昼から夜の花火大会まで、長時間にわたる撮影をやり切った。
その事実には、私も驚いた。
特に印象に残ったのはインタビューだ。社長や地域の方々に自分たちで声をかけ、事前に考えた質問を投げる。明らかに緊張している表情ではあったが、それでも言葉を絞り出そうとする姿には、単なる「学生の体験」を超えた力強さがあった。
感心したのは、撮影をするときの気遣いだ。座っている人に質問したり撮ったりするときには、自分がかがみ、三脚を低くする。そんな私が教えていないことを、自分の“気づき”として実行している姿に感動し、逞しさを覚えた。この相手に対する気遣いは、映像制作の際にはとても重要なことだ。人と人のコミュニケーションによっていい映像が撮れ、素晴らしい作品となるからだ。
12時集合で、撤収は22時。炎天下の中、プロでも厳しいと感じる長丁場だった。それでも最後まで集中力を切らさずにやり切ったことは、今後のゼミ活動において確実に大きな一歩になるはずだ。
あらためて思うのは、「現場に出す」ことの意味である。教室の中では決して得られない感覚、責任、そして他者との関係性の中で初めて見えてくる自分の立ち位置。それを経験させることが、教育としてどれほど重要かを実感した一日だった。
今年も桜美林大学田淵ゼミの活動が本格的に動き出した。学生たちの成長を見守りながら、次の世代の映像クリエイターを育てていきたい。私自身のそんな覚悟を改めて確認した現場でもあった。
参加した学生の皆さん、本当にお疲れさまでした。あの12時間は、確実に「次につながる時間」になっている。


