【今日のタブチ】SNSが選挙を動かした? 地震が来たら机の下? 私たちを支配する「思い込み」の正体
今日読んだ新聞に、まったく関係のないように見える記事がいくつか載っていた。しかし私には、それらがすべて同じ問題を語っているように見えた。私は以前から、物事はすべてどこかで繋がっていると考えている。今日はそのことについて書いてみたい。
一つは沖縄県知事選である。選挙後、一部では玉城デニー氏陣営へのSNS上の誹謗中傷や偽情報が敗因に影響したのではないかという論評が見られた。もちろんSNSが選挙に影響を与えることはあるだろう。しかし、選挙結果は本来、経済、物価、基地問題、候補者の資質、組織票、有権者の意識変化など、さまざまな要因が複雑に絡み合って決まるものである。それにもかかわらず、私たちはすぐに「SNSが原因だ」という分かりやすい説明に飛びつきたがる。複雑な現実よりも、単純な物語の方が理解しやすいからだ。
別のページでは、防災に関する記事が目に留まった。私は子どもの頃から「地震が来たら机の下に隠れなさい」と教えられてきた。おそらく多くの人もそうだろう。ところが記事では、それが必ずしも正解ではないという。周囲の状況によっては、倒れてくる家具から離れた場所へ移動した方が安全な場合もあるらしい。重要なのは「机の下に入ること」ではなく、「その場の状況に応じて身を守ること」である。しかし、私たちはいつの間にか、「地震=机の下」という公式を絶対視してしまっている。
さらに先日、路線バス運転手によるあおり運転のニュースもあった。多くの人は驚いただろう。私も驚いた。だが、それは裏を返せば、私たちが「バスの運転手がそんなことをするはずがない」と思っていたからでもある。資格を持ったプロだから。公共交通機関だから。毎日利用しているバスだから。私たちは無意識のうちに安全を信頼している。もちろん、その信頼があるから社会は成り立っている。しかし、その信頼もまた一種の思い込みである。
そして浜岡原発の不正問題を扱った記事の見出しには、こうあった。「自分たちは正しい」暴走。私はこの見出しに妙に納得した。不祥事は悪意だけで起きるわけではない。むしろ、「自分たちは間違っていない」「これでいいはずだ」という確信の方が危険な場合がある。
考えてみれば、沖縄県知事選をめぐるSNS論も、地震避難の常識も、バス運転手への信頼も、原発不正も、根っこは同じなのかもしれない。人間は複雑な現実をそのまま受け止めることが苦手である。だから、分かりやすい説明を求める。一度信じたものを疑わなくなる。「自分は正しい」と思う。
しかし、本当に怖いのは間違うことではない。自分は間違えないと思うことではないだろうか。
人は誰でも思い込みを持って生きている。信号が青になれば車は止まると思う。銀行に預けたお金は返ってくると思う。バスは安全に運行されると思う。そうした思い込みがなければ、私たちの社会生活は成り立たない。
問題は思い込みを持つことではない。それを絶対的な真実だと信じ込むことである。
最近の社会を見ていると、SNSそのものよりも、「自分だけは客観的だ」「自分だけは騙されない」「自分だけは正しい」と思い込むことの方が、よほど危険な気がしている。
もしかすると、私たちに必要なのは、新しい知識を増やすことではなく、自分が何を思い込んでいるのかを時々点検することなのかもしれない。
Voicyでは「思い込み」について考察しています!あなたは「思い込み」はないでしょうか?
#048 沖縄都知事選はSNSで決まったのか?私たちを縛る「思い込み」の怖さ
https://voicy.jp/channel/1027821/8204140
「沖縄タイムス+」より



