【今日のタブチ】桜美林大学・奥菜恵特別講座が浮き彫りにした学生のリアル――なぜ、「周りの目」がこれほど気になるのか
6月3日のブログで紹介した、俳優・奥菜恵氏を迎えた特別講座が、昨日(2026年6月11日)、桜美林大学・東京ひなたやまキャンパスにおいて予定通り実施された。
以前にも述べたように、この講座は単なる著名人による講演ではない。
あらかじめ設計された教育プログラムとして、「対談」「学生との対話」「会場全体の質疑応答」という三層構造で構成されたものである。
そして、その設計が実際の現場でどのように機能するのか。
それを実験・確認する100分でもあった。
結論から言えば、極めて密度の高い、刺激的な時間となった。
まず全体を通して感じられたのは、奥菜さんの人柄である。
優しさ、謙虚さ、そして相手の言葉を丁寧に受け止める姿勢。
一方的に語ることはしない。言い分で相手をねじ伏せることもない。
学生の言葉を受けて、一緒に考え、問い返しながら会話を深めていく。一度に答えを出さない。
その丁寧さと慎重さ、そして相手が学生であっても真摯に接する態度に、そばで見ていた私も頭が下がる思いだった。
そのあり方が場に安心感を生み、同時に発言への緊張感も維持していた。そんな理想的なモチベーションの場だったと確信する。
そして、この空気を学生たちは敏感に感じ取り、結果として非常に活発な対話が展開された。
私は講座の最初に奥菜さんに「学生の“伴走者”になってあげてください」とお願いしたが、彼女はその真意を瞬時に汲み取り、自分の役割を理解してくれたのだ。
講座の中心となったのは、学生3名によるパネルディスカッションである。
登壇したのは、
・2年生 芸術文化学群 ビジュアル・アーツ専修 小林玲翔
・3年生 グローバル・コミュニケーション学群グローバル・コミュニケーション学類 小林若葉
・4年生 リベラルアーツ学群 社会領域 河本瑛香
それぞれに明確な役割が与えられていた。
2年生の小林さんは、俳優志望として「将来への不安」をぶつける立場。
緊張のあまり感極まりそうになりながらも、「俳優として乗り越えなければならない壁とは何か」という問いを投げかけた。
この問いは重い。
そして、その場の空気を大きく変えた。
3年生の小林さんは、異文化理解を学ぶ立場から「他者理解とは何か」というテーマに向き合った。
撮影現場という具体的な状況を引き合いに出しながら、コミュニケーションの本質を探ろうとする姿勢は非常に論理的であった。
4年生の河本さんは、制作側の視点から「どのようなスタッフがいれば現場が円滑になるのか」という問いを提示した。
作品づくりを支える構造そのものに焦点を当てた発言であり、実務的な深さを持っていた。
いずれの学生も、自分の立場から考え抜いた問いを自分の言葉で提示していた。
その姿勢そのものが、この講座の成果である。
ここで確認しておきたいのは、この場が単なる「質問の場」ではなかったということである。
問いは一方向ではなく、往復する。
奥菜さんからも問いが返され、学生の言葉がさらに更新されていく。
つまり、「一緒に考える場」として成立していた。
実は、これこそが今回の講座における私の狙いであった。
社会における断絶や対立は、多くの場合、一方的な主張や自己の正当性の押し出しによって生まれる。
相手の言葉を受け止めることなく、自らの考えだけを強く提示する。その構造そのものが、分断を生み出している。
しかし、問いが往復する状況では何が起きるか。
相手の言葉を理解しようとし、自分の認識をその都度調整する必要が生じる。その過程で、自分自身の考えもまた更新されていく。
つまり、対話とは単なる意見交換ではなく、自分の立ち位置そのものを揺さぶり、再構築していくプロセスなのである。
この往復運動が成立したとき、そこには“勝ち負け”は存在しない。
あるのは、理解の深化であり、関係の生成である。
もしこうしたコミュニケーションが社会の中で広く成立するのであれば、少なくとも現在のような対立の多くは、その形を変えるはずである。
今回の講座は、その可能性を小さなスケールであっても、確かに示していた。
そして印象的だったのが、会場からの質疑応答である。
複数の学生から共通して出てきたのが、
「何かをやろうとしたときに、周りの目や評判が気になってしまう。その乗り越え方を知りたい」という問いであった。
この問いは偶発的なものではない。
SNSの普及によって、他者の評価や視線が常に可視化される環境の中で、若者がその影響を強く受けていることがよく分かる内容だった。
実際、アンケートにも同様の声が多く見られる。
「周りの目を気にしないという言葉が刺さった」
「自分に正直にチャレンジしたいと思った」
「一歩踏み出す勇気をもらえた」
これらは単なる感想ではない。
学生自身の内面と講座の内容が結びついた結果である。
また、「俳優の生の声を聞けた」「現場の熱量を感じた」という記述も多かった。
教室の中でありながら、現場のリアリティを体感できたことが分かる。
この講座が示したのは、知識を一方的に伝える授業ではなく、問いを起点に思考を深めていく学びの形である。
学生は受け手ではなく、参加者であり当事者である。そのことが、今回の100分で明確に示された。
結果として、この講座は単なるイベントではなく、現在の大学教育がどこに向かおうとしているのかを具体的に示す機会となった。
どの学生も、自分の立場から逃げず、自分の言葉で問いを発していた。 緊張の中であのやり取りができたことは、簡単なことではない。よくやり切ったと思う。
私が講座の中で学生それぞれに役割を設定したのも、そういう狙いだった。自分のいまの立場や役割から逃げず、責任と誇りをもって全うする。 そうした姿勢と経験が、その先につながっていくはずである。
そして、この場を成立させてくれた奥菜恵さんにも、改めて感謝したい。
*なお、本講座はサンケイスポーツにも記事として取り上げられた。
https://www.sanspo.com/article/20260611-3MLI35VCIVK2DFCF7YIZBWLXXI/
報道では、学生が間近で俳優の言葉に触れたことへの驚きや感動が伝えられており、教室内で起きていた出来事が、外部からも一つの価値として認識されたことがうかがえる。 内部の体験としての講座と、外部からの評価。その両方が揃った点においても、今回の試みは一つの成果であったといえる。


