【今日の新聞から】副知事が辞めても辞めない斎藤知事&ジョージ・クルーニー氏に撤退を求められても大統領選に出る気満々のバイデン氏に「引き際の美学」を考える
民主党への献金者として知られる俳優のジョージ・クルーニー氏がジョー・バイデン大統領は大統領選から撤退すべきだと表明した。民主党の支持者としてクルーニ氏は苦渋の決断をしたのだと感じた。しかし、バイデン氏本人は、再三、大統領選出馬はやめないと主張している。
一方日本でも、パワハラ疑惑を告発したあとに自ら命を絶った元県西播磨県民局長の責任を取って副知事が辞職するも、自らは「辞めない」と豪語する県知事がいる。
私は兵庫県出身なので、正直、恥ずかしい。「兵庫県」という名まで汚されているような気持になる。県民はトップとしての資質を問うた方がよい。そして「やはり納得できない」「トップとして相応しくない」と思ったらリコール運動を起こすべきだ。
これら2つの例を見ると、「引き際の美学」とは何かと考えさせられる。だが、トップにいることは誰しも気持ちがいいものだ。その座をやすやすと他人に受け渡したくない気持ちも理解できる。しかし、「理解できる」ことと「賛同できること」とは別物だ。トップというのは俗的な「権力への固執」から距離をおいてこそ、県民や国民の支持を得ることができるのではないだろうか。
そういうことすら理解できないトップは、不要なのかもしれない。
「読売新聞オンライン」より