【今日のタブチ】ちあきなおみ『喝采』が頭から離れない理由――『歌姫たちの昭和艶歌』が明かす“怨念”

“こころに残る歌”というものがある。
それをつくづく実感した出来事を、今日は綴ってみたい。

元東京新聞編集委員・稲熊均氏の『歌姫たちの昭和艶歌』を読んだ。「ちあきなおみとその時代」という副題がついているように、ちあきなおみ氏への思い入れが色濃く感じられる一冊である。

ちあき氏といえば、1972年に代表曲『喝采』で第14回日本レコード大賞を受賞している。1972年はまだ私が8歳の頃で、世代としてはややずれるのだが、それでも子ども心に「すごい歌だな」と感じた記憶がある。

今回、本書を読んだのをきっかけに『喝采』を聞き直してみた。まず音源だけを聞く。続いて、実際にちあき氏が歌っている映像を探して見てみる。圧倒的に、映像の方が“迫力”がある。“気迫”というべきか、“気合”というべきか、それは時に“怨念”のようにさえ感じられる。

“怨念”とは、本来の意味は、深くうらみに思う気持ち、執念深い情念のことだ。
ではなぜ、私は『喝采』からそんな“恨み”のような感情を読み取ったのか。そんなことを考え始めてから、眠れなくなった。ここ数日、頭のなかで「いつものように幕が開き―」というフレーズが、繰り返し回り続けている。

本書で語られる、夫で俳優の郷鍈治(1992年没)が病死した際のエピソードは、ちあきなおみという人間の情の深さを象徴している。そういう人だからこそ、あの歌が歌えたのだと思う。そして私が『喝采』に“怨念”を感じたことも、そこで初めて腑に落ちた。

あの歌に感じた“怨念”は、表現として作られたものではなく、実人生の重みがそのまま滲み出た結果なのではないか。

すごい曲だと思う。なかなか、今の歌にはないものが秘められている。メロディもさることながら、やはり歌詞の強度が際立っている。歌詞からその場の情景だけでなく、登場する人物の心情までがひしひしと伝わってくるのだ。そして何より、それを表層的にではなく、解釈し尽くしたうえで身体化しているからこそ、ちあき氏のあの表現になるのだと確信した。

サブタイトルにもあるように、本書はちあきなおみを起点に書かれている。ちあき氏以外にも14人の“歌姫”が登場し、美空ひばり、吉永小百合、都はるみといった錚々たる顔ぶれが並ぶのだが、構造としては彼女たちは“添え物”のように描かれている印象を受ける。

『喝采』の元のタイトルが『幕があく』だったことや、「ちあきなおみ」という名の由来など、彼女にまつわるエピソードの数々も興味深いが、読み終えたときに見えてくるのは、それ以上に大きな構図だ。

なぜ著者が、これほどまでに多くの歌姫たちを並べながら、ちあきなおみという一人の存在を軸に据えたのか。その理由が、最後にふと見えてくる。

こういうかたちで芸能史を紐解くと、日本の歌謡界、特に流行歌が女性によって牽引されてきた事実に改めて気づかされる。少なくとも昭和期においては、その傾向が顕著だった。

その一つの理由として、明治以降の都市部における職業構造があり、主要な労働の多くを男性が占めるなかで、女性にとって芸能が重要な表現の場となっていった可能性があると稲熊氏は指摘している。また、女性特有の声質、とりわけ高音域が、情緒の表現において有利に働いたことも無視できない。

さらに興味深かったのは、当時の歌姫たちが、想像以上に反戦などの社会問題に対して関心を持っていたという点である。近年、歌手やアーティストが社会的な主張を行うことについて、賛否をめぐる議論が絶えないが、実はそれは新しい現象ではない。昭和の時代においてすでに、彼女たちは歌や言葉を通じて、社会と向き合っていたのである。

そう考えると、『喝采』という一曲が持つ響きもまた、単なる恋愛の物語ではなく、その時代に生きた人間の厚みを背負ったものとして聞こえてくる。

そして、だからこそあの歌が、いまもなお私の頭から離れないのだと思う。

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