【今日のタブチ】自衛隊という「前置き」は、本当に必要だったのか――中国大使館侵入事件とストーカー殺人事件に共通する、私の違和感

少し前、自衛官幹部候補生が刃物を持って中国大使館に侵入した事件があった。ほぼ同じ時期に、池袋のポケモンセンターの前で、元交際相手の女性をストーカーが刺殺し、その後自らも命を絶つという痛ましい事件も起きた。後者については、容疑者が「自衛隊に内定していた」ことが、複数のメディアで報じられた。

私自身、このブログで、中国大使館に侵入した事件について「自衛隊“幹部候補生”だった若者は、なぜ刃物を持って侵入したのか――浮かび上がる『孤立』という深刻な構造」という論考を書いた。その際、私もまた「自衛隊」というカテゴリーを、無自覚に前景化させている。

だが、その後この二つの事件を並べて眺め直したとき、強い違和感が残った。

本当に、「自衛隊」という共通項を強調する必要があったのか。

冷静に考えれば、この二つの事件の間に、直接的な因果関係はない。一方は外国公館への侵入事件であり、もう一方はストーカー殺人と自死である。動機も背景も異なる。にもかかわらず、私たちは「自衛隊」という言葉を共通のフレームとして、どこかで両者を同じ文脈に並べてはいなかったか。

もし「自衛隊」という属性に意味を見出すのであれば、本来やるべきだったのは別の作業だ。
なぜ彼らは自衛隊を志望したのか。
それは経済的理由だったのか、居場所を求めた結果だったのか、あるいは規律や役割への憧れだったのか。
その動機と、彼らが抱えていた孤立や歪みは、どこで、どのように接続していたのか。

ここまで掘り下げない限り、「自衛隊の〜」という前置きは、説明になっていない。単に強い印象を与える記号として使われているだけだ。

報道において「自衛隊」という言葉は、極めて便利なアイコンだ。国家、武装、規律、暴力――そうしたイメージを、一語で呼び出すことができる。「中国大使館に侵入した男」よりも、「自衛官幹部候補生が侵入した」と書いた方が、ニュースとしての引きは強くなる。それは否定しようのない事実だろう。

だが、その分かりやすさと引き換えに、何が失われているのか。

失われているのは、動機の検証であり、個人史であり、孤立の具体像だ。本来、事件を理解するために必要なはずの部分が、「自衛隊」という一語に回収されてしまう。その結果、私たちは「分かった気」になるが、実際には何も分かっていない。

ここで、ある人はこう言うかもしれない。
自衛隊を問題視する、左翼的な発想なのではないか、と。

ただ、私が気になっているのは思想の左右ではない。仮に報道する側に明確なイデオロギーがなかったとしても、「自衛隊」という属性だけが繰り返し強調され、肝心の動機や構造が語られない語りは、結果として特定のイメージを固定化する。
意図ではなく、効果の問題だ。

逆に考えてみる。もしこの二人が、無職だったらどうだったか。民間企業の内定者だったらどうか。大学生やフリーターだったら、「◯◯だった男」と、ここまで肩書きは強調されただろうか。おそらく、されなかったはずだ。
そう考えると、「自衛隊」という前置きは、行為を説明するための情報というより、ニュースとしての力を増幅させるための装置に近い。だからこそ、その使い方には慎重であるべきだ。

そして、ここで一番気まずいのは、私自身もまた、その語りに加担していたかもしれない、という点だ。あの論考で、私はなぜ「自衛隊“幹部候補生”」という言葉をタイトルに入れたのか。そのとき、どんな前提や無意識の連想を、自分は抱えていたのか。

事件を考えるとき、属性を語ることは簡単だ。しかし、動機を追い、孤立の構造を掘り下げることは難しい。だから、私たちはしばしば、分かりやすいラベルに逃げる。
とりわけ日本社会では、人を肩書きや所属、カテゴリーで把握しようとする傾向が強い。自衛隊員、会社員、学生、無職――その枠に当てはめた瞬間に、私たちは理解したつもりになる。その延長線上に、「〇〇人の」という国籍ラベルで他者を呼び表す語り方もある。個々の経験や立場の違いは捨象され、「日本人」「中国人」「外国人」という一語で語られた瞬間に、その人は説明可能な存在になったかのように扱われる。しかし、その分類が、個々の人生や動機を実際に明らかにすることはほとんどない。
私の大学ゼミの恩師、宮澤浩一氏は、人を特定の属性に当てはめ、その枠組みで理解したことにしてしまう作用を「ラベリング」と呼んでいた。

だが、その逃げ道を塞がなければ、同じ違和感は何度でも繰り返される。

「自衛隊の」という前置きは、本当に必要だったのか。
それを問うことは、自衛隊を擁護することでも、批判することでもない。考えることをやめないための、最低限の問いだと私は思っている。

「朝日新聞オンライン」より

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