【今日のタブチ】なぜ私はNHKドラマ『魯山人のかまど』に魅了されるのか――藤竜也という「老いの風格」と、命の音

NHKの特集ドラマ『魯山人のかまど』に、すっかり魅了されている。

このドラマは、実在した美食家・陶芸家である北大路魯山人を主人公に、晩年の魯山人と若手記者・ヨネ子との交流を描いた作品だ。
舞台は、魯山人が実際に暮らしていた家。そこに記者が通い、料理を共にし、言葉を交わす。事件が起きるわけでも、劇的な展開があるわけでもない。だが、人が生きること、食べること、時間が流れること、そのすべてが静かに映し出されていく。

私がこのドラマに惹かれる理由は、主に四つある。

一つ目。藤竜也氏の老獪で、どこか飄々とした演技がいい。
二つ目。藤氏と古川琴音氏の2ショットが醸し出す空気感が、実に素晴らしい。
三つ目。作品全体を包み込む“空気感”が秀逸であること。
四つ目。とにかく映像が奇麗だ。

実在の魯山人を描く以上、綿密な取材や文献に基づいた脚色がなされているのだろう。舞台となる家も、魯山人が実際に住んでいた場所だという。その空間に、藤竜也という俳優の佇まいが、驚くほど自然に溶け込んでいる。

喋り口はゆっくりだが、発せられる言葉は鋭い魯山人。
対するのは、おっとりとした性格の若手記者・ヨネ子。
二人のやりとり、その間合い、その沈黙までもが、せかせかした現代社会に静かな警鐘を鳴らしているかのように感じられる。

大自然を捉えるカメラワークもいい。
余韻のあるカット尻。音だけで見せる風景。時の移ろいを感じさせるフレーミング。
どれをとっても、撮影監督のセンスが光っている。
音楽をほとんど入れない演出も秀逸だ。
風の音。葉が揺れる音。川の水が流れる音。
都会に暮らす私たちが、いつのまにか忘れてしまった“大切な音”が、そこには確かにある。

思えば、私が「秘境」と呼ばれる辺境の地を目指してきたのも、そうした「現実とのギャップ」に魅了されたからだった。20代後半、プロデューサー・ディレクターとして仕事に追われる日々を送っていた私は、日々の忙しさに正直、辟易していた。
そんなときに出会ったのが、秘境で味わう“非日常”だった。
私は「生き返る」ために、いや、「生き延びる」ために、定期的に“命の源流”ともいえる秘境の地に帰っていった
2023年に退職するまで、37年間テレビ業界で生き残ることができたのも、あの風景、音、匂い、そこに住む人々があったからだと思っている。

実際の北大路魯山人を、私はもちろん知らない。
だが、藤竜也氏の演じる魯山人は、「そのまま」の生き写しなのではないか、と感じさせる説得力がある。そこには確かな「老いの風格」がある。

藤竜也氏といえば、1997年3月に放送したドキュメンタリー番組『命の北極圏~白鯨たちの大いなる四季』を思い出す。
私(当時31)は、1995年から1年かけて藤氏とともにカナダ北極圏を訪れ、イヌイットの人々の暮らしや動物たちの営みを記録した。
藤氏は、54歳。
語り口は静かだが、物事の捉え方は鋭く、どこか尖っていて、私はその立ち振る舞いを観て、多くのことを学ばせてもらった。20以上も年が離れた私は世間知らずで、藤氏からすれば「小癪」に思えたに違いないが、いろいろなことを丁寧に話して聞かせてくれた。

あれから30年が流れ、御年84となった藤氏が演じる魯山人は、「命あるものを尊び、全うさせる」と語る。
北極圏の番組の際、藤氏がベルーガ猟を目の当たりにしたときにも、同じような言葉を口にしていたのを、私は鮮明に覚えている。

イヌイットの人々は、動物保護の風当たりが強まる中、批判を受ける覚悟をしたうえで、私たちをベルーガ猟に帯同させ、解体に至るまでカメラを回させてくれた。
そのとき、藤氏は静かにこう言った。
「彼らから、ボールを渡されたような気がする」

その言葉の意味を、私は今回の『魯山人のかまど』と重ね合わせて受け止めた。

これからの放送も、楽しみにしたい。

「NHK番組公式HP」より

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