【今日のタブチ】ポテチが白黒になる“違和感”の正体とは何か――ナフサ高騰が炙り出す「見えない値上げ」のワケとその“不安材料”
カルビーのポテトチップスの包装が白黒になる――このニュースに、多くの人が一瞬「え?」と思ったはずだ。派手な色彩が当たり前だったパッケージが急に簡素化される。その違和感の正体は、単なるデザイン変更ではない。ナフサ高騰という、消費者から見えにくいコスト圧力が、ついに“見える形”になって表面化したことにある。
ナフサ。普段の生活ではまず意識しない言葉だが、石油化学製品の原料であり、プラスチックやフィルム包装のほぼすべてに関わる“土台”だ。これが上がるとどうなるか。包装資材が値上がりし、結果として食品の価格に波及する。
ここまでは理解しやすい。だが、今回私が強く引っかかったのは、別の話だ。納豆だ。
行きつけの美容室で、髪を切ってもらいながらこの話をしたときのことだ。「ポテチの袋だけじゃなくて、納豆も関係ある」と言った瞬間、美容師さんは明らかに驚いた表情を見せた。無理もない。納豆は“大豆の価格”で語られるものだと思っている人がほとんどだからだ。
しかし現実には、納豆の容器――あの軽くて白い発泡スチロールは、ナフサ由来のプラスチック製品だ。つまり原料が高騰すれば、容器コストも上がる。中身ではなく“外側”が、価格を押し上げる。
美容師さんは即座にこう言った。「それで値段が上がるのは困る。ナフサ原料じゃないものに変えられないの?」この反応は実に素直で、かつ本質的だ。
では、それは可能なのか。
結論から言えば、「簡単ではない」。代替素材として紙容器やバイオプラスチックは確かに存在する。しかし納豆という食品の特性が問題になる。発酵食品で、水分が多く、匂いも強い。さらに輸送や保存の過程で温度変化にもさらされる。軽くて断熱性があり、安価に大量生産できる発泡スチロールに代わる素材は、現時点では決定打に欠ける。
紙にすればコストが上がる。バイオ素材にすれば供給量が足りない。つまり、環境や原料の問題と、価格と、機能性がトレードオフ関係にある。
ここに、今の日本の「見えない値上げ」の構造がある。
消費者は「中身」を見ている。しかし企業は「外側」や「流通」や「エネルギー」を見ている。そのズレが、違和感として現れる。白黒パッケージは、そのズレを可視化した象徴的な出来事だ。
さらに言えば、これは単なる一企業、一商品の問題ではない。ナフサ価格は原油価格と連動し、地政学リスクや為替の影響を強く受ける。つまり海外要因によって、日本の食卓が静かに侵食されている構造がある。
ここで見えてくる不安材料は二つある。
一つは、「値上げの理由が分かりにくいまま進むこと」だ。納豆が値上がりしても、多くの人は大豆の不作を想像する。容器コストだとは思わない。この情報の非対称性が、納得感のない値上げを生み、結果として企業不信につながる。
もう一つは、「代替が効かない領域の存在」だ。ITであれば代替手段はいくらでもある。しかし食品包装のような物理的インフラは、すぐには変えられない。つまり価格上昇を吸収するしかない構造が温存される。
美容師さんの「変えればいいのに」という言葉は、実は多くの消費者の本音だ。しかし、その“簡単そうに見える解決策”が機能しない現実こそが、今の物価上昇の厄介さを物語っている。
白黒になったポテチの袋は、節約の象徴ではない。むしろ、「もう削れるところがそこしかない」という企業の限界のサインだ。デザインコストを削り、色数を減らし、それでも吸収しきれないコストが、やがて価格そのものに乗ってくる。
納豆も例外ではない。静かに、しかし確実に。
こう考えると、今回の一連の動きは単なる値上げニュースではない。「いつか来る値上げ」ではなく、「もう始まっている値上げ」だ。そしてその正体は、私たちが普段見ていないところにある。
白黒のパッケージを見て違和感を覚えた人ほど、その裏側にある構造に目を向けたほうがいい。違和感は、だいたい正しい。
「日本経済新聞」より


