【今日のタブチ】「預貯金が動かせない」29.2%の衝撃――“在宅自立”前提の崩壊はすでに始まっている
これはかなり重いデータだ。
慶應義塾大学が大阪府和泉市と共同で2025年2月から4月にかけて実施した調査だ。対象は要支援1~2、要介護1の在宅高齢者、およそ3000人。平均年齢は82.8歳。
その結果、「一人で預貯金の出し入れができない」と答えた人が29.2%に上った。
ほぼ3人に1人の計算だ。
ここで重要なのは、この人たちは決して“重度介護”ではないということだ。制度上は「地域で自立して生活できる層」と位置づけられている。しかし、現実はどうか。
自分の金に、自分で触れない。いや、触れることができない。これは単に“不便”という言葉で片付けられる問題ではない。生活の根幹がすでに崩れているということだ。つまり、今の介護制度が前提としている「在宅での自立」という構図は、実態とズレている。
「在宅で暮らしている」ことと「自立して生活できている」ことは、まったく別物だ。このズレを直視しないまま制度は回っている。
私の違和感はここにある。
さらにこの調査には、もう一つ深刻な数字が存在する。
特殊詐欺の被害に遭った経験(未遂を含む)が11.3%、10人に1人もいるという。しかも、この数字には「被害に気づいていない人」は含まれていない。実態はこれより深刻と考えるのが自然だ。
これら2つのデータを並べると、構図ははっきりする。
・自分で金銭管理ができない
・しかし、資産は持っている
・しかも、在宅で孤立しやすい
――これほど“狙いやすい”存在はないということだ。
高齢者が弱いわけでも、悪いわけでもない。社会の設計が、この状況を生み出している。
問題の本質は「誰が支援するか」ではない。問題は、「支援される前提にありながら、社会の仕組みがしっかりと設計されていない」ことだ。
現在の仕組みはこうなっている。
・生活できる前提で放置する
・問題が起きてから支援を検討する
つまり後追いだ。さらに深刻なのは、この29.2%は“予備軍”ではないということ。すでに進行している現実なのだ。
この問題に関しては、メディアなどでよく出される解決策がある。
金融機関と福祉の連携。見守り。地域包括ケア。
すべて正しいが、弱い。なぜなら、構造は同じ、変わっていないからだ。
ではどうするか。
発想を逆転させるしかない。「本人が管理する」ことを前提にしない。これだ。
私は、これからこの問題に立ち向かえるのは、「金銭管理の個人化」ではなく「金銭管理のインフラ化」だと考えている。
難しく聞こえるが、要するにこういうことだ。
一人でお金を管理させない仕組みを、最初から社会の側に組み込む。
例えば、 大きなお金は一人では動かせない、口座の動きは家族や支援者にも自動で共有される、普段と違う使い方をすればいったん止まる。こうした仕組みが“例外”ではなく“当たり前”になる社会にする。 今は、問題が起きてから誰かが支える形になっている。 そうではなく、問題が起きる前から支えが入る構造に変える。
つまり、「個人の能力」に任せる社会から「仕組みで守る社会」へ。 それが私の考える解決策だ。
以上の施策提案を聞いたとき、「自由に制限をかけるのか」と目くじらを立てる人もいるだろう。しかし、そうではない。自由を守るための再設計だ。
今回のデータが示しているのは、単なる高齢化の問題ではない。
「自立している」という前提が、すでに社会制度的に成立していない現実だ。私たちはそれを認識する必要がある。
それでもなお、個人責任の枠組みを維持し続けるのか。それとも、社会の側が設計を変えるのか。
29.2%という数字は、その分岐点に来ていることをはっきりと示している。
この問題は、遠い未来の話ではない。 「まだ大丈夫」と思っている人のすぐ隣で、すでに始まっているのだ。
「Yahoo!ニュース」より


