【今日のタブチ】SNS広告で選挙に勝てるのか――『銀河の一票』と杉並区長選が突きつけた「SNS万能論」とテレビ業界の“誤算”

「選挙はSNSの時代になった」
そんな言葉を耳にする機会が増えた。
特に昨年の兵庫県知事選以降、SNSは選挙結果を左右する強力な武器として語られるようになった。SNS広告や動画配信、インフルエンサーの発信などが有権者を動かし、従来の選挙運動を変えてしまうという見方である。
ところが20日の新聞は、東京都杉並区長選について興味深い記事を掲載していた。

現職の岸本聡子氏は選挙期間中、「SNS広告は一切使わない」と宣言した。一方、自民党が推薦した新人候補はSNS動画広告に約80万円を投入し、動画は累計50万回以上再生された。
SNSの世界だけを見れば、新人候補が圧倒的に有利に見えたかもしれない。しかし、結果は岸本氏の再選だった。

私はこの記事を読んで、兵庫県知事選以降に広がった「SNS万能論」に一石を投じる出来事ではないかと思った。
もちろん、SNSが無意味だと言うつもりはない。
情報を届ける力はある。話題をつくる力もある。支持者を組織化する効果もあるだろう。
だが、それと選挙に勝つことは別問題ではないか。

兵庫県知事選では、SNSが大きな影響を与えたという評価が広く語られた。その後もSNS広告や動画配信が公職選挙法との関係で次々と議論になった。
選挙運動なのか、政治活動なのか。SNS広告は許されるのか。有料配信はどうなのか。
政治活動であれば認められる一方、選挙運動とみなされれば違法性が問題になるその境界線が曖昧だからこそ、兵庫県知事選以降、大きな論争になっているのである。

そして、議論の中心には常に「SNSは強力である」という大きな前提があった。しかし、本当にそうなのだろうか。

有権者はSNSだけで投票先を決めているのだろうか。政治や選挙を長年見ていると、有権者の判断はそれほど単純ではない。
候補者の実績。人格への信頼。地域との関わり。日頃の活動。政策への共感。
こうした複数の要素が重なって最終的な一票になる。
動画を50万回再生したから50万票につながるわけではない。
むしろ再生回数は「注目度」を示す指標ではあっても、「支持」を示す指標とは限らない。批判のために視聴した人もいるだろうし、すでに支持している人が繰り返し視聴した可能性もある。SNSでは数字が可視化されるため、その数字自体に目を奪われがちだ。しかし、再生回数と得票数の間には決して小さくない距離がある。
「見た」と「投票した」の間には大きな隔たりがあるのである。

私はこの問題を考えるとき、ドラマ『銀河の一票』を思い出す。
この作品では、SNSやインフルエンサーが政治や選挙に与える影響を一つの重要なテーマとして描いた。
ネット上での拡散。インフルエンサーによる情報発信。アルゴリズムによって増幅される世論。そうした現代社会のリアルな課題を盛り込んだ。
だが、ほかの選挙活動の細かい描写の納得感が強いわりに、SNSの効果については暫定的かつステレオタイプな描き方しかされず、正直言ってリアリティに欠けていた。もっとも、それは作品の問題というよりも、SNS効果そのものの実態が見えにくいことの表れなのかもしれない。そもそも、SNS効果というもの自体が、どこまで票に結び付いているのか判然としない“曖昧な”ものなのだ。
現実社会は、ドラマ以上に複雑だ。SNSで話題になる候補が必ず勝つわけではない。フォロワー数が多い候補が勝つわけでもない。動画再生数と得票数が比例するわけでもない。
SNSは選挙結果に影響を与える要素の一つではあっても、選挙そのものを支配する存在ではない
今になって思えば、『銀河の一票』におけるSNS描写の曖昧さは、当時のテレビ業界の理解の限界でもあった。SNSは選挙を左右する強力な武器として語られていた。しかし、それが実際にどのように票へ結び付くのかは、誰にもよく分かっていなかったのである。

だからこそ、今回の岸本氏の戦い方は興味深い。「SNS広告は使わない」と明言した姿勢には賛否があるだろう。しかし、少なくとも、「広告費を大量投入しなければ選挙に勝てない」という考え方に対する一つの反論にはなった。
民主主義は本来、広告予算の多寡ではなく、有権者の判断によって決まるべきものだからだ。
兵庫県知事選以降、日本ではSNSと選挙をめぐる議論が続いている。規制を強化すべきだという声もあれば、自由な表現を守るべきだという声もある。
その議論はもちろん、必要だ。ただ、その前に一度立ち止まって考える必要があるのではないか。

私たちは知らず知らずのうちに、「SNSは選挙に絶大な効果を持つ」という前提そのものを信じ込んでいないだろうか。

今回の杉並区長選は、その常識に疑問符を付けた。SNSは確かに影響力を持つ。だが、万能ではない。
そして民主主義もまた、SNSのタイムラインだけで動いているわけではないのである。

「毎日新聞デジタル」より

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