【今日のタブチ】定員割れ5割超え、募集停止ラッシュ――少子化の先に待つ「2035年の崖」が大学と地方を壊す
定員割れ5割超え、相次ぐ募集停止。少子化の先に待つ「2035年の崖」は、日本そのものを揺るがしかねない。
朝日新聞「ひらく 日本の大学」取材班による『崖っぷちの私立大学 偏差値で測れない価値をどう見抜くか』を読んだ。大学教員である私にとって、身につまされる内容であり、考えるべきことの多い有意義な内容だった。
本書は、大学を単なる教育機関としてではなく、地方の若者流出を食い止める「ダム」として描いている。私はこの表現に深くうなずいた。そのダムがなくなれば、若者が流出する。若者が流出すれば地域の活力が失われる。そして、いずれ町から未来そのものが消えていく。
2026年4月の財政制度等審議会・財政制度分科会で示された財務省の試算は衝撃的だった。
財務省は、18歳人口の減少に対応するため、2040年までに少なくとも250校程度の大学縮減が必要であり、主要国並みの高等教育機関数を前提とすると約400校程度の縮減も視野に入るとの試算を示した。現在800校超ある大学の大幅な再編を求める内容である。
正直、「無茶だ」と思った。
しかし一方で、財務省がここまで踏み込む背景も理解できなくはない。日本私立学校振興・共済事業団の調査では、私立大学の53%が定員割れの状態にある。18歳人口が減り続けるなか、現状維持を前提とした議論が成り立たなくなっているのも事実だからだ。
実際、18歳人口は1992年をピークに減少を続けている。それにもかかわらず大学進学率は上昇し、大学入学者数も増加してきた。大学側は長い間、その追い風の恩恵を受けてきたとも言える。
だが、そんな状況にあぐらをかいている余裕はない。
入試対策には短期的な施策と長期的な施策がある。
短期的な施策については、本学・桜美林大学もさまざまな取り組みを行っている。受験生が複数の可能性に挑戦できるよう入試制度の改善を進めてきた。
特に総合型選抜では、「総合評価方式」「基礎力評価方式」「探究入試(Spiral)」など複数の方式を設けている。学力試験だけでは測れない力や可能性を評価しようという考え方だ。多くの方式では他大学との併願も認められており、オンライン面接を選択できるものもある。受験生の多様な事情や希望にも配慮した制度となっている。
また、本学は学群制を採用している。「何を学ぶか」だけでなく、「入学後にどのような学びを展開できるか」を重視した教育システムを整えている。
私は、これからの大学選びでは偏差値や知名度だけではなく、「入学した後、どれだけ成長できるか」という視点がより重要になると思っている。
しかし、本当の勝負は長期的な対策である。2035年の崖にどう備えるか。それが大学の将来を決める。
私は二つの施策が重要だと考えている。
一つ目は、大学同士の協働である。
同じ地域にある大学同士の連携はもちろん、都市部と地方の大学の連携も強化するべきだろう。国内留学の充実、単位互換の拡大、サテライトキャンパスの活用など、大学の枠を越えた発想が必要になる。
「自分の大学は大丈夫」そうした思い込みは危険だ。むしろ、他大学の力を借りる謙虚さが求められる。他大学の強みを知れば自大学の改善にもつながるし、逆に他大学の苦戦から学べることも多い。
大学同士が競争するだけの時代は終わった。大学全体で大学教育を盛り上げ、協働して地域と学生を支える時代へ移りつつある。
二つ目は、不登校の若者を取り込む工夫である。
文部科学省によると、2024年度の不登校は小中学校で35万人超、高校で7万人弱にのぼる。決して少数派ではない。社会そのものが向き合うべき大きな課題になっている。
中には発達障害の特性を持つ子どももいるだろう。外国にルーツを持ち、日本語指導が必要な子どももいるだろう。従来型の学校教育になじめなかった若者もいる。
私は、大学にはこうした若者たちの受け皿になる使命があると思っている。
大学を「ふるい落とす場所」ではなく、「もう一度挑戦できる場所」にできないだろうか。
学ぶ楽しさを知る。成長する喜びを知る。そして、自分には価値があるのだと感じてもらう。大学は、そうした自己肯定感を育む場所であってほしい。
私は大学を単なる18歳人口の受け皿とは考えていない。
大学は地域社会を支えるインフラであり、人材育成の拠点であり、人生をやり直す機会を提供する場でもある。だからこそ、定員割れや偏差値だけで大学の価値を測る議論には違和感を覚える。
2035年の崖は確かにやってくる。だが、その崖は人口減少だけがつくるものではない。
大学が何を守り、何を変えるのか。
その覚悟の有無こそが、本当の意味での「2035年の崖」なのかもしれない。


