【今日のタブチ】中国のビザ料金7倍は“相互主義”?――外交上の「やられたらやり返す」は本当に正しいのか
中国が日本人向けビザ料金を大幅に引き上げるというニュースが報じられた。報道によれば、1次有効ビザは2,050円から1万6,750円へと約7倍になるという。中国外務省は、この措置について「相互主義に基づく対応」と説明している。相手国が自国民に求めている条件に合わせるという考え方だ。背景には、日本政府が今年7月、来日する外国人向けのビザ発給手数料を5倍に引き上げたことがあるとみられている。
つまり、中国側の言い分はこうだ。「日本が引き上げたのだから、中国も引き上げる」
このニュースを見て、私はある言葉を思い浮かべた。
「やられたらやり返す」である。
もちろん、国家には国家の論理がある。外交交渉の世界では、相手が何らかの制限をかければ、こちらも制限をかける。関税もそうだし、ビザもそうだし、経済制裁もそうだ。相手に一方的に譲歩していては国益を守れないという考え方も理解できる。しかし、同時に私は大きな危惧を覚える。
私たちは子どもの頃から、「やられたからといってやり返してはいけない」と教えられてきた。学校でもそうだった。誰かに嫌なことをされても、仕返しをするのではなく話し合いで解決しなさい、と。
ところが国際社会になると話は逆転する。やり返さなければ弱腰だと言われる。報復しなければなめられると言われる。相手と同じだけの不利益を与えることが、むしろ合理的で賢明な対応として評価される。
考えてみれば不思議なことである。個人の世界では未熟とされる行為が、国家の世界では成熟した外交手段として扱われるのだ。
もちろん、理屈はわかる。現実の国際社会には警察も先生もいない。だから自分の身は自分で守らなければならない。相手に対抗措置を取ることで、「この国に不利益を与えれば自分たちにも損害が返ってくる」と認識させる効果もあるだろう。
しかし、本当にそれだけなのだろうか。
報復措置は相手に痛みを与える。だが同時に、自分にもコストを発生させる。関税の応酬は貿易を縮小させる。ビザの引き上げは人的交流を減らす。経済制裁は相手だけでなく自国企業にも影響を与える。
結局のところ、「やられたらやり返す」は問題を解決するというよりも、損害を分かち合う仕組みになっている場合が少なくない。しかも、やり返された側はさらにやり返したくなる。
すると連鎖が始まる。個人間の喧嘩もそうだが、国家間の対立も同じである。
私は、「やられたらやり返す」という考え方を聞くたびに、少し不安になる。なぜなら、その論理を極限まで進めれば、戦争もテロも正当化できてしまうからだ。
「先にやられたのはこちらだ」
「だから報復する」
歴史上、多くの争いはこの言葉から始まっている。
もちろん、ビザ料金の引き上げと戦争やテロを同列に論じるつもりはない。しかし、その根底には「先にやられたのだから、やり返す」という共通の発想がある。国家運営において理想論だけではやっていけない。一定の報復措置が必要な場面もあるだろう。だが、「やられたらやり返す」が本当に最善の解決策なのか。
中国のビザ料金引き上げという小さなニュースから、そんなことを考えた朝だった。
「Yahoo!ニュース」より


