【今日のタブチ】美容整形の闇より気になったこと――Netflix『ダウンタイム』で見た”監修者”の覚悟と“特殊メイク職人”の底力

Netflixで配信されているドラマ『ダウンタイム』を一気に見た。

この作品は美容整形業界を舞台にした全8話のドラマである。主人公は大学病院の形成外科医・沼田文。ある出来事をきっかけに大学病院を去った彼女が、大手美容クリニックに入り込み、美容医療業界の光と闇に向き合っていく物語だ。作品では整形依存、醜形恐怖症、シャドードクター問題、未成年の美容整形、カウンセリング時のアップセルなど、近年たびたび社会問題として取り上げられるテーマが次々と登場する。ダウンタイムは、美容整形業界の華やかな表側だけではなく、その裏側まで真正面から描いた意欲作と言っていいだろう。

この作品については、すでに多くの評論や感想が出ている。美容整形の是非を論じる人もいれば、ルッキズムとの関係を語る人もいる。確かにそれらも重要な論点だ。実は私自身、「美しくなりたい」という人間の強い願望をテレビ番組を通じて見続けたことがある。1992年からテレビ東京で放送されていた『たかの友梨エステティックシンデレラ大会』である。
この番組は単なるダイエット企画ではなかった。参加者たちは約3か月をかけて体重を落とすだけではなく、ドレスを美しく着こなし、表情や歩き方を磨き、自信に満ちた内面までも含めた「一人の輝く女性への変身」を目指していた。美しさは外見だけでなく、内面からにじみ出る。だからこそ、視聴者を惹きつけるエンターテインメントとして成立していたのだと思う。
当時、密着取材を通じて多くの女性たちを見てきたが、その「美しくなりたい」という思いは想像以上に強烈だった。痩せたいというレベルではない。人生を変えたい、自分に自信を持ちたい、新しい自分になりたいという切実な願いだった。
そして34年が経った今、『ダウンタイム』を見ながら感じたのは、その渇望は決して消えていないということだ。いや、SNSが普及し、他者との比較が日常になった現代においては、むしろ強くなっているのではないかとさえ思う。
そんな『ダウンタイム』を見ていて、私が最も驚いたのは別の部分だった。

それは、この作品の監修を高須クリニックが引き受けていることだ。
美容整形業界の問題点や危うさをこれだけ露骨に描きながら、実在する大手美容クリニックが監修を務める。これは実は簡単な決断ではない。
作品を見れば分かるが、このドラマは決して美容整形礼賛ドラマではない。むしろ、美容医療のリスクや業界の構造的な問題、そして人間が「美」に囚われる危うさまで描いている。当然、業界全体へのネガティブな印象を持つ視聴者も出てくるだろう。
実際、高須幹弥氏自身も「これを見ると整形する人は減ると思う」「整形が怖くなると思う」と語っている。
それにもかかわらず監修を引き受けた。私はそこに強い覚悟を感じた。
ドラマ制作の現場では監修は欠かせない存在である。私もこれまで数多くのドラマ制作に携わってきたが、監修なしで作品を成立させることはほとんど不可能だ。例えば法律監修。裁判や捜査令状、刑事訴訟法などに関する法的整合性を確認する。一方で警察監修はまた別の役割を担う。警察官の敬礼の仕方、拳銃の扱い方、護送時の隊形、捜査会議の進め方など、法律ではなく現場の作法や慣習を再現する。似ているようでまったく違うのだ。
また近年ではLGBTQ監修やハラスメント監修も珍しくない。私が関わった『ハラスメントゲーム』では、現実の企業においてどのようなハラスメント対応が行われているのかについて専門家から助言を受けていた。
つまり監修とは単なる名前貸しではない。作品のリアリティを支え、時には制作者が暴走しそうになるのを食い止める存在でもある。
今回『ダウンタイム』の制作陣は美容外科の描写を徹底的にリアルにするため、高須クリニックの監修の下で細部までファクトチェックを行ったという。私が評価したいのは、業界にとって都合の良い部分だけを描かせるのではなく、不都合な現実も含めて描かれることを受け入れた姿勢である。
そこには業界を守るという発想よりも、現実を正しく伝えるという考え方があったのではないか。少なくとも私はそう受け取った。

そしてもう一つ、強く感銘を受けたのが特殊メイクである。
この作品を見ていて、「よくここまで作り込んだな」と思う場面が何度もあった。術後の腫れ。内出血。回復過程。患者ごとに異なる顔貌の変化。それらが驚くほどリアルに描かれている。
本作では特殊メイク・特殊造形ディレクターのAmazing JIRO氏率いるチームが患者たちの術前からダウンタイム、そして完成形に至るまでを再現している。
もちろんCGの力もあるだろう。しかし映像に本当の説得力を与えるのは、最後は職人の手仕事だ。
私は幸運なことに、日本の特殊メイク界の第一人者である江川悦子氏と二度仕事をしたことがある。『あまんじゃく 元外科医の殺し屋が医療の闇に挑む!』では手術シーンや傷の造形。『二つの祖国』ではビートたけしさんの東條英機特殊メイク。どちらも現場で見ていて息をのむような仕事だった。さらに藤原カクセイ氏とも『破獄』でご一緒した。怪我や変装の表現が作品世界に圧倒的な説得力を与えていたことを今でもよく覚えている。
だから私は知っている。特殊メイクとは単なる装飾ではない。演技の土台であり、ドラマのリアリティそのものなのである。
近年はCG技術が飛躍的に進歩した。生成AIも登場した。映像表現はますますデジタル化している。しかし私は、それでもなお人間の手仕事はなくならないと思っている。それは手描きアニメーションにも通じる。先日の研究会でお話を伺った人形アニメーション作家の眞賀里文子氏の作品にも通じる。
効率だけならもっと別の方法がある。それでも手で作る。時間をかける。細部に魂を込める。その積み重ねこそが作品に生命を吹き込む。
『ダウンタイム』を見ていて、私は美容整形業界の闇よりもむしろ、そのリアルを支えた人たちの仕事に目を奪われた。

業界の実態をあえて描くことを引き受けた監修者。
そしてCGに頼り切るのではなく、職人の技で生々しいリアリティを作り上げた特殊メイクアーティストたち。
ドラマの面白さは俳優や脚本だけで生まれるものではない。
エンドロールに名前が流れる無数のプロフェッショナルたちの技術と覚悟によって支えられている。
『ダウンタイム』は、そんな当たり前だが忘れられがちな事実を改めて思い出させてくれた作品だった。

今日のVoicyは、私のドラマプロデューサー時代の体験を主にお話ししています。34年前に私が驚いたこととは何なのか?ぜひお聞きください!
#069 なぜ高須クリニックは引き受けたのか――Netflix『ダウンタイム』で見た“監修者”の覚悟と“特殊メイク職人”の底力
https://voicy.jp/channel/1027821/8280294

「オリコンニュース」より

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