【今日のタブチ】なぜ日米地位協定は語られないのか――『東京上空300メートル』を観て考えた“ノンポリ”の危うさ
今日、ドキュメンタリー映画『東京上空300メートル』を観てきた。本学・桜美林大学ビジネスマネージメント学群の教授である大墻敦氏が監督を務めた作品とあって、初日の初回に駆けつけた。上映館はほぼ満員だった。この問題に対する関心の高さがうかがえた。
本作は、東京上空を飛び交う米軍ヘリの問題を入り口に、横田基地、赤坂プレスセンター、そして沖縄へと舞台を広げながら、日米地位協定や米軍犯罪、基地問題の実態に迫った作品である。毎日新聞の記者たちによる取材をベースに制作されたドキュメンタリーだ。
なかなか見ごたえのある作品だった。
特に印象に残ったのは、テレビの報道番組ではほとんど踏み込まれない日米地位協定の問題に真正面から切り込んでいたことだ。基地問題を扱う番組は少なくない。しかし、多くの場合は騒音問題や事故、事件の紹介に終始し、その背景にある地位協定や主権の問題まで掘り下げることは少ない。その意味で、この作品からは作り手の覚悟のようなものを感じた。
映画の中で、毎日新聞の取材記者がこんな趣旨の話をしていた。
麻布の基地問題を報じた際、大きな反響があった。しかしその一方で、「アメリカに守ってもらっているのだから仕方ないだろう」という批判的な意見も少なくなかったという。そして記者は、そうした考え方をする人がいるからこそ、アメリカ側も「ルールを守らなくても大丈夫だろう」と考えてしまうのではないか、と指摘していた。
私はまさにその通りだと思った。この映画を観ながら改めて感じたのは、一番いけないのは「ノンポリ」であることではないかということだ。
基地問題に賛成か反対か。日米安全保障体制を支持するのかしないのか。日米地位協定をどう考えるのか。その答えは人によって違って構わない。むしろ民主主義社会なのだから、さまざまな意見が存在するのは当然である。しかし、何となく考えない、何となく関心を持たない、何となく誰かに任せてしまう。それは違うのではないか。私はかねてより、政治に無関心でいることと政治に関係がないことは別だと思っている。
基地問題も同じだ。「基地は絶対になくすべきだ」と言えば、反対側は耳を閉ざす。「アメリカに守ってもらっているのだから文句を言うな」と言えば、今度は別の側が耳を閉ざす。そうではなく、現実として日米安保体制が存在していることを認めつつ、そのうえでルールは守ってもらう。おかしいことにはおかしいと言う。そして必要なところは対話によって改善を求めてゆく。大切なのは、そのような対等な姿勢ではないだろうか。
映画は東京上空の問題からスタートするが、やがて沖縄へと視線を向けてゆく。その構成にも私は大きな拍手を送りたい。なぜなら、基地問題を考えるとき、最終的に沖縄を避けて通ることはできないからだ。私には、この構成そのものが大墻氏の仕掛けた問いのように感じられた。
「東京の上空問題には関心を持つ。しかし、沖縄の問題はどこか遠い話だと思っていないか」
映画はそう問いかけながら、観客を東京から沖縄へと連れていくのである。
今朝の新聞には、米軍関係者による刑法犯の検挙件数についての記事が掲載されていた。それによると、2025年に全国で検挙された米軍関係者の刑法犯101件のうち、67%が沖縄県内で発生しているという。もちろん沖縄に米軍施設が集中している以上、単純比較はできない。しかし、数字を見れば、基地負担が沖縄に偏在している現実もまた浮かび上がってくる。
沖縄の問題は沖縄だけの問題ではない。日米安保体制による恩恵を本土の人間も受けている以上、その負担についても全国民が考えなければならないはずだ。だからこそ、この映画が東京の空を見上げる話から始まりながら、最後には沖縄の現実へとたどり着いていたことに強く共感した。
ただ、映画を高く評価したからこそ、二つほど注文もある。
一つは、ところどころに挿入される説明的なナレーションである。監督の大墻氏も私と同じテレビの世界を歩んできた人だけに、複雑なテーマをできるだけわかりやすく伝えたいという思いがあったのだろう。しかし私には、記者や市民の肉声そのものが十分に力を持っているように感じられた。説明を減らし、観客に解釈を委ねた方が、より深い余韻が残ったかもしれない。
もう一つは、取材する側の苦悩についてである。映画には毎日新聞の記者たちの粘り強い取材が描かれていたが、これほどセンシティブなテーマを追い続ける以上、批判やバッシング、あるいは身の危険を感じる場面も少なくなかったはずだ。さらに組織内外からのプレッシャーもあったのではないかと想像する。その部分も描かれていたら、この調査報道がどれほどの覚悟の上に成り立っていたのかが、より観客に伝わったのではないだろうか。
そして今日の新聞には、この映画の主題でもあった「アメリカという国との向き合い方」について考えさせられる記事も載っていた。
2009年に米軍基地内で13人を殺害した元米兵の銃殺刑が今年12月に執行される予定で、その様子を配信で公開する可能性があるというのだ。国防総省は事件の重大性を伝えるためだと説明しているが、日本人の感覚からすると、なかなか理解しがたい発想だ。
日米安保も基地問題も、地位協定も、結局はそうした価値観の異なる相手と向き合う話なのではないか。
「そんな考え方はおかしい」「そんな国は理解できない」そう言って切り捨てるのは簡単である。しかし、現実には、私たちは価値観も文化も歴史も異なる国と関係を築きながら生きている。だから必要なのは、無関心になることでも、感情的に拒絶することでもない。
相手の考えを知り、自分の考えを持ち、違いを認識したうえで対話を続けることである。
『東京上空300メートル』は、東京から沖縄へと視線を広げながら、私たち自身が民主主義とどう向き合うのか、そして価値観の異なる相手とどう対話していくのかを問いかけている映画だったように思う。
Voicyでは、学生時代にノンポリで学生運動から逃げていた私の告白をします。ぜひお聞きください!
#074 なぜ私は学生運動から逃げたのか 〜映画『東京上空300メートル』が考えさせた「ノンポリ」の危うさ〜
https://voicy.jp/channel/1027821/8284713
「映画公式サイト」より


