【今日のタブチ】『沈黙』の作家・遠藤周作氏の“意外な正体”――没後30年で気づいた私の“思い込み”
作家の遠藤周作氏が亡くなって30年になる。私はこれまで遠藤周作という人物を、かなり一面的に見ていたのだと思う。『沈黙』『海と毒薬』『深い河』。かなりの名作を読んできた。
その作風から受けるイメージは、人間の罪や苦悩、信仰を描き続けた重厚な文学者。もちろん、それは間違いではない。しかし、今回読んだ没後30年の特集記事は、私が抱いていた遠藤周作像を大きく揺さぶった。
遠藤周作はユーモアエッセイを書くとき、「狐狸庵山人」というペンネームを使っていた。それは知っていた。
だが、友人たちを巻き込んだ「爆笑いたずら列伝」が紹介されていた記事を読んで思わす笑ってしまった。これが実にユニークだ。人を笑わせるのが好きで、「ホラ吹き遠藤」「ニセ電話魔」とまで呼ばれたという。
対談したさくらももこさんには、「ぼくの電話番号」と言って番号を書いた紙を渡しながら、その実、それは東京ガスの電話番号だったという。あるいはエッセーでは佐藤愛子さんを「初恋のマドンナ」と書いたものの、後に本人から「作り話」と暴露されてしまう。さらに兄貴分だった柴田錬三郎氏にはエープリルフールのいたずら電話をかけていたという。まるで中学生の悪ふざけのようだが、そのユーモアとサービス精神は徹底していたらしい。
私の中の遠藤周作像は、『沈黙』『海と毒薬』『深い河』を書く重厚な文学者だった。だから、こうしたエピソードには正直驚かされた。しかし記事を読み進めるうちに、それは意外な一面ではなく、むしろ遠藤文学の根底に流れる「人間へのまなざし」とつながっているように思えてきた。いや、むしろ同じ根っこから生まれたものではないか。
記事には遠藤周作について、「弱さ」「劣等感」への共感のまなざしを持ち続けたと書かれていた。また、周辺にいた人たちの証言も印象的だった。遠藤周作は面白いと思ったことには何にでも首を突っ込み、社交的で好奇心旺盛な人物だった。しかし、それは単なるお調子者だったという話ではない。その根底には常に弱者に寄り添いたいという思いがあり、できるだけ多くの人に笑いを届けたいという願いがあったという。
私はこの証言を読んだとき、ようやく遠藤周作という人が少し分かった気がした。
さらに興味深かったのは、素人劇団「樹座」の話だった。帝国劇場やニューヨーク公演まで行ったというこの劇団は、そもそも「どんな人でも人生の舞台でライトを浴びる日があってもいい」という遠藤の思いから始まったという。普通なら演技の上手い人を集めそうなものだ。だが、遠藤は違った。むしろ下手な人ほど歓迎したという。
そのエピソードに私は強く心を動かされた。
できる人を評価するのは簡単だ。しかし、不器用な人や目立たない人にも光を当てたいと考える人は案外少ない。
それは遠藤周作の文学にも通じる。『沈黙』も『海と毒薬』も、決して強者の物語ではない。弱さを抱えた人間の物語である。だからユーモアも、いたずらも、文学も、劇団も、本質的には同じ場所につながっていたのかもしれない。
そんなことを考えていたら、一つの出来事を思い出した。私がテレビ東京でドラマのプロデューサーをしていた頃である。
私は遠藤周作の『深い河』を映像化したいと考え、許諾をいただくためにフジテレビを訪ねたことがあった。ご子息の遠藤龍之介氏に会うためだった。当時、龍之介氏はフジテレビの専務だったと思う。私は少なからず緊張していた。
ところが、実際にお会いすると、その印象は全く違った。実に気さくでざっくばらんなのである。
「どうぞ、どうぞ! ご自由に!」そんな感じだった。
正確な言葉までは覚えていない。一方、権利や手続きの話を超えて、「父も喜ぶと思いますよ」というような温かい空気があったことは今でも鮮明に覚えている。もちろん、親子は別人格である。だから息子を見て父を語ることはできない。しかし、今回の記事を読んでいて、不思議とあの日の龍之介氏の姿を思い出した。
私は去年のフジテレビ問題で、世間が龍之介氏をあるイメージで語る様子も見てきた。だが、人間は本来、一面的な存在ではない。私自身も遠藤周作をずっと「重厚な文学者」というラベルで見ていた。しかし、実際には、ユーモアの人でもあり、いたずら好きでもあり、弱者への共感者でもあり、不器用な人を応援する人でもあった。
そして私は教育の現場でも同じことを感じる。
おとなしい学生だと思っていた学生が撮影現場で驚くほど力を発揮することがある。優秀に見える学生が深い悩みを抱えていることもある。
私たちは人にラベルを貼りたがる。文学者。経営者。学生。先生。だが、そのラベルだけで人間は語れない。
没後30年の遠藤周作特集を読んで、私が改めて考えたのはそのことだった。
相手を理解したと思った瞬間、人は相手を見ることをやめてしまう。だからこそ大事なのは、人を見る前に、まず自分の先入観を疑うことなのだろう。
今日のVoicyは、私の遠藤周作氏、そして息子の龍之介氏の思い出について語っています。ぜひお聞きください!
#071 ドラマプロデューサー時代に『深い河』がつないだ、遠藤龍之介氏との忘れられない出会い
https://voicy.jp/channel/1027821/8285804
「町田市HP」より


