【今日のタブチ】友だちが多いだけでは、コミュ力が高いとは言わない――AIに懐疑的な私が「手放しで素晴らしい」と思った遠隔ロボ「オリヒメ」の“意外な価値”

私は正直言って、AIやテックの急激な発展には懐疑的だ。新しい技術が出るたびに「社会が変わる」「人間の生活が変わる」と騒がれる。しかし、その多くは目新しさばかりが語られ、本当に人を幸せにしているのか疑問に思うことも少なくない。だが、東京新聞で紹介されていたこの取り組みには、素直に感心した。

川崎駅前のカフェ「ル・フルティエ」では、分身ロボット「OriHime(オリヒメ)」が接客している。とはいえ、AIが自動で客と会話しているわけではない。ロボットの向こう側には、病気や障害などで外出が困難な人々がいる。彼らは「パイロット」と呼ばれ、自宅からオリヒメを操作し、来店客と会話する。
記事では秋田市在住の高橋睦さん(34)が紹介されていた。高橋さんは大学卒業後に慢性疲労症候群(CFS)を発症し、就労が難しい状態になった。それでも「何かできないか」と模索していた時にオリヒメの仕事を知ったという。
客から「AIや自動音声が話している」と勘違いされることもあるそうだ。しかし実際には高橋さん自身が画面の向こうにいて、会話を交わしている。子どもたちが楽しそうにオリヒメと話してくれる姿に手応えを感じているという。

この記事を読んで私は、単なるロボット活用の話ではないと思った。

高齢になってきて、いつ外出が困難になるか予測不可能な私にとっても他人事ではない。もちろん、病気や障害で外出できない人々にとって、生きがいや存在意義を与え、就労の機会を広げるという意味でも大きな価値があるだろう。
記事では、オリヒメの開発会社が「孤独の解消」を掲げている。確かにそれも重要な意義だと思う。しかし、私が注目したのは別の点である。

この取り組みは、普段であれば接点を持つことのない人同士を結び付けている

川崎のカフェを訪れた客は、何気なくオリヒメと会話する。その相手は、秋田の自宅でロボットを操作している高橋さんのような人かもしれない。病気や障害のために外出が困難な人であっても、その人の考え方や経験、人柄に直接触れることができる。
私は常々、学生に「友だちと仲が良いとか、友だちが多いというのは、コミュニケーション能力が高いとは言わない」と伝えている。同じ年代、同じ環境、同じ価値観を持つ者同士が仲良くするのは当たり前だ。むしろ、自分とはまったく異なる立場の人と向き合い、その考えや生き方を理解しようとすることこそ、本当の意味でのコミュニケーション能力ではないだろうか。
そんな意味で、この遠隔ロボ接客は単なる福祉でもなければ就労支援でもない。社会のなかに新しい「出会い」をつくる装置なのである。
では、なぜそのことに意義があるのか。

それは、本来であれば出会うことすらなかったかもしれない人々が、互いの人生経験や考え方に触れ、自分自身の「当たり前」を問い直す機会が生まれるからだ。
人は、自分と似た経歴や環境の人々に囲まれていると、自らの価値観を「当たり前」のものだと思い込みがちである。しかし、自分とは異なる境遇にある人と接することで、その当たり前が決して普遍的ではないことに気付かされる。
人は多様性を大切だと言う。しかし実際には、自分と似た者同士で集まり、自分と異なる人との接触を避けてしまいがちだ。
だが、多様性とは単に異なる人が存在することではない。異なる人と出会い、その経験や考え方に触れることで、自分自身の視野が広がることに意味がある。
オリヒメは、その機会を自然な形で生み出してくれる。
テクノロジーによって人と人との接点が生まれる。そして、その接点を通じて人は自分とは異なる生き方や考え方を知り、自らの価値観を相対化できる。そこから初めて、本当の意味での価値観の多様性が育まれるのだ。

私はそこに、この取り組みの本当の価値と希望を感じている。

「産経新聞デジタル」より

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