【今日のタブチ】25年前のインドで見た光景がつながった――インド人兄弟漫画家デビューのニュースに思うこと
先日、新聞でインド人兄弟漫画家がKADOKAWAからデビューしたという記事を読んだ。
この記事を見ていて、ふと25年ほど前にインドで見たある光景を思い出した。
私はドキュメンタリーの撮影でインドを何度も訪れていた。2000年代初頭のことだから、今のようにスマートフォンもSNSも普及していない時代だった。それでも当時のインドには、すでに未来を感じさせる場面があった。
首都デリーの街角で、壁に埋め込まれたモニターの前に子どもたちが集まり、熱心に画面をのぞき込んでいたのである。何人もの子どもたちが代わる代わる操作しながら、まるで遊びと学習が一体になったような独特の雰囲気をつくり出していた。
その時の私は、その装置が何なのか知らなかった。
ただ、「さすが零を生み出した国だな」と感心したことだけは覚えている。
後になって知ったのだが、あれは教育学者スガタ・ミトラ氏らが1999年にニューデリーで始めた「Hole in the Wall(壁の穴)」プロジェクトだった。インターネットに接続されたコンピューターを街中に設置し、子どもたちが教師の指導なしに自ら学習できるかを検証した実験で、世界的に大きな注目を集めた。子どもたちはほとんど教えられることなく、コンピューターの操作やインターネットの利用方法を身につけていったという。
思えばインドは古くから数学や科学の分野で大きな足跡を残してきた国である。古代にはゼロの概念の発展に貢献し、近代以降もシュリニヴァーサ・ラマヌジャン氏のような天才数学者を生み出した。さらに近年ではアメリカやイギリスなど世界の研究機関で活躍する数学者や科学者を数多く輩出している。
あの時、デリーの街角でモニターを囲んでいた子どもたちを見て、将来この国から優れた科学者や技術者が続々と現れるのだろうと思った。自ら学び、自ら吸収していく姿に、そんな可能性を感じたのである。その予想は間違っていなかった。
しかし、今回のニュースは、私の予想のさらに先を行くものだった。
インドの若者たちは数学や科学だけではなく、日本の漫画という文化の世界にも本格的に挑戦し始めているのである。
記事によれば、兄弟はインド西部マハラシュトラ州出身。鳥山明作品に憧れて日本漫画を学び、KADOKAWAの漫画賞への応募をきっかけに連載デビューへとつながったという。
日本の漫画は長い間、「日本文化」の代表格として語られてきた。だが、本当に世界に広がった文化とは、海外の人々が読むだけの文化ではない。海外の若者たちが、自ら創り手になろうと思う文化である。
日本の漫画を読んで育ったインドの若者が漫画家を目指す。日本の出版社がその才能を見いだし、作品を世に送り出す。そのような循環が生まれ始めているのだとすれば、これは漫画文化が、「日本の文化」から「世界の創作文化」へと歩み始めたことを意味しているのかもしれない。
もちろん、日本の漫画の強みや独自性は簡単になくならない。
しかし、同時にインドをはじめアジア各国の若者たちが創り手として加わることで、日本発の漫画文化はさらに豊かになっていくだろう。
かつて日本文化と呼ばれた漫画コンテンツが、国境を越えて世界中の才能を引き寄せる。そして世界各地の若者たちが互いに切磋琢磨しながら作品を高め合う。それこそが、日本の漫画がこれからも発展し続けるための原動力になるのではないか。
デリーの街角でモニターを囲んでいた子どもたちの姿を思い出しながら、私はそんな未来に期待したい。あの日、あの子どもたちの中に、未来の漫画家がいたとしても不思議ではない。今になって振り返ると、あの光景が少し違って見えてくる。
「TOY PEOPLE NEWS」より


