【今日のタブチ】米軍も外したAI戦争予測、それでも日本がパランティアを導入する“本当の”理由

米軍によるイラン攻撃で、人工知能(AI)が本格的に投入されたという記事を読んだ。
記事によれば、米軍はAIを活用して標的選定を行い、「96時間以内に作戦を終える」というシナリオを描いていたという。しかし実際には想定以上の抵抗に遭い、大量のミサイルを消費しながら長期戦を余儀なくされた。
AIが戦争の現場に投入されたという事実は、それだけでも歴史的な出来事だろう。少し前までAIは将棋や囲碁の世界の話だった。それが今や実際の戦争で作戦立案や標的分析を行う時代になったのである。
だが、この記事を読んで私が感じたのは「AIは使えない」という話ではない。むしろ逆だ。
AIがこれほど高度になっても、なお戦争を予測できなかったという事実の重さである。
戦争は将棋ではない。相手も考える。相手も学習する。そして時には合理的ではない行動をとる。政治指導者の思惑もあれば、国民感情もある。国際世論も動く。さらに恐怖や怒りや復讐心といった感情もある。
こうしたものまで含めて戦争である。
AIは膨大なデータを分析することはできる。しかし、人間の執念や感情までは計算できない。
今回の記事から見えてくるのは、AIが標的選定を間違えたというよりも、戦争を計算可能な問題として扱ったこと自体に限界があったのではないかということである。
記事の中では、パランティア社のAIシステムが活用されたと報じられている。パランティアは米軍との関係が深く、近年は世界各国の安全保障分野で存在感を高めている企業だ。
そして興味深いことに、日本の自衛隊も同じパランティアのシステム導入を進めている。
もちろん理由は理解できる。少子化で人員は減る。情報量は爆発的に増えている。周辺国の軍事活動への対応も迅速化しなければならない。そう考えればAIの活用は避けられないだろう。
私もAI導入そのものに反対するつもりはない。問題は別のところにある。

米軍ですら予測しきれなかったAIを、日本はどこまで信頼するのかということである。

AIは大量の情報を整理する能力では人間より優れている。しかし、その分析結果が常に正しいわけではない。本来であれば一つの参考情報でしかないものが、「AIがそう判断した」というだけで強い権威を持ち始める。
そこに私は危うさを感じる。
興味深いのは、今回の作戦が当初の想定通りに進まなかったにもかかわらず、パランティアに対する市場の評価が大きく崩れていないことである。
もしAIが本当に「失敗した」のなら、投資家は真っ先にその企業を見放してもおかしくない。
しかし、現実にはそうなっていない。
それは市場が、戦争の結果とAI技術の価値を別のものとして見ているからだろう。
AIは戦争を勝たせる魔法の杖ではない。だが、膨大な情報を収集し、整理し、人間の判断を補助する技術としての価値は依然として高く評価されているのである。
言い換えれば、AIは戦争そのものを理解したわけではないが、人間だけでは処理できない情報量を扱う能力については極めて優秀だと見られているのだ。
だからこそ、日本も導入を進めるのであろう。
しかし私は、そこにこそ本当の問いがあるように思う。
AIが優秀であればあるほど、人間はAIを信じたくなる。過去には金融市場の予測モデルが外れた。感染症予測モデルが外れた。そして今度は戦争である。
それでも人類はAIを導入し続ける。なぜなら、完璧だからではない。人間より処理能力が高いからだ。
つまり本当の論点は、「AIを導入するかどうか」ではない。
「AIにどこまで決定権を与えるのか」なのである。

今回の記事は、AIの失敗を伝える軍事記事として読むこともできる。しかし、私は別の読み方をした。
それは、どれだけ技術が進歩しても、最後に責任を負うのは人間だということだ。
AIは敵の位置を見つけることはできる。AIは膨大な情報を瞬時に分析することもできる。しかし、戦争の本質を理解しているわけではない。ましてや、その結果に責任を負うこともない。
だからこそ、日本がパランティアのAIを導入するのであれば、その性能だけではなく、人間がどのように使うのかという議論こそ必要ではないだろうか。そしてそれは、官民一体となって取り組むべき課題である。

今回のイラン攻撃の記事は、AIの未来を示した記事ではない。
むしろ、AIの時代になっても最後は人間が判断しなければならないという、ごく当たり前の事実を改めて教えてくれる記事なのだ。

「防衛省ウェブサイト」より

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