【今日のタブチ】“羞恥心”と“孤立化”の正体――人はなぜ詐欺に落ちるのか

東京新聞のコラム「解体人書 詐欺の真理」が面白い。ためになるし、「なるほど」と思わされる視点が多い。このコラムは、詐欺を「事件」ではなく、人間の弱さの構造として解体する。手口の紹介で終わらず、「なぜ人は騙されるのか」という根本に迫ることに目的が置かれている。

NO.3で提示される悪質ホストのだましの典型、「限定」「孤立化」「短期間」は実に示唆的だ。「限定」は「きみだけ」という特別感の演出、「短期間」は思考させないスピード勝負。どちらも直感的に理解できる。しかし残る「孤立化」は一見わかりにくい。だが、ここに最も本質的な仕掛けがあるのではないか。

紹介されている電話詐欺の例が象徴的だ。警察官を名乗り、「事情聴取中なので電話には出ないでください」と伝える。あるいは、物理的に一人きりの空間に移動させる。これは単に邪魔を排除しているのではない。被害者から「現実を疑う思考」を奪っている。人は他者と会話することで違和感を言語化し、それを修正する。しかし孤立させられると、そのフィードバック回路が切断される

ここで気づくべきは、「孤立化」は技術ではなく環境操作だという点だ。騙す言葉以上に、「誰にも相談できない状況」を作ること自体が詐欺の中核になっている。これはSNS上の誤情報拡散とも構造が似ている。閉じた空間では、嘘ほど完成度の高い真実に見える

さらにNO.5の指摘が重い。人は被害に遭うと自分の責任だと考える傾向がある。これは反省ではない。世界を安心していたいという防衛反応だ。「自分が悪かった」と思うことで世界の秩序を保とうとする。しかしその結果、被害の再認識が遅れ、二次被害や再被害につながる

そして聖心女子大教授の菅原健介氏の「羞恥心=サバイバル戦略」という説明は、この問題をさらに深くする。肉食獣と比べて個の身体能力が低い人類にとって、かつて集団からの排斥は死を意味した。仲間に非難されそうになったりしたときに危機を知らせてくれる「警報装置」。それが羞恥心の正体だと菅原氏は語る。
人は集団から排斥される恐怖を内在化している。だから「騙された」という事実そのものが、社会的評価の低下と結びつき、沈黙を選ばせる。ここで再び「孤立化」が完成する。詐欺師が作る外部からの孤立と、本人の内面に生じる自己孤立が重なり合う。

ここが重要な転換点だ。詐欺対策というと、「手口を知る」「注意喚起をする」が主流だが、それだけでは足りない。なぜなら、詐欺は情報戦ではなく「関係を断つ技術」だからだ。

だとすれば、詐欺防止に必要なのは、「騙されない知識」ではなく「孤立しない環境」ではないか。誰でも相談できる前提を社会として維持すること。そしてもう一つ、「騙された側は悪くない」という認識を徹底的に共有することだ。「恥を消すこと」が最大の防犯になる。この視点は従来の啓発とは明らかに違う

詐欺の核心は、巧妙な嘘ではない。人を一人にすることだ。その意味で、このコラムは犯罪解説を超えて、現代社会の脆さを突いている。読後に残るのは、「自分は大丈夫か」という不安ではなく、「自分は孤立していないか」という問いだ。ここに目を向けられるかどうかで、同じ情報でも全く違う読みになる。

「ABEMA NEWS」より

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