【今日のタブチ】30年前に見たヒマラヤの氷河は“警告”だったのか――ネパール大洪水が突きつけた現実

8月26日、ネパール北部ラスワ郡で大規模な洪水が発生した。
現地報道や衛星画像の分析によれば、中国チベット自治区との国境付近で氷河の一部が崩落し、大量の土砂や氷が河川をせき止め、その後決壊したことで洪水が発生した可能性が指摘されている。被害はネパール側だけでなくチベット側にも及び、多数の死者・行方不明者が出ている。橋や道路、水力発電施設なども流されたという。
まずは、この災害で亡くなられた方々に心から哀悼の意を表したい。そして家族や友人を失われた方々、今なお行方の分からない人の帰りを待ち続けている方々にお見舞いを申し上げたい。

ニュースを見ながら、私は30年近く前の取材を思い出していた。
1998年9月に放送したドキュメンタリー『大河ガンガー〜チベット・極寒の聖山カイラスに生きる』である。
この番組では、ネパール最北西部のフムラ・カルナリ地方を訪れた。ネパールとチベットの国境地帯に位置する、人里離れたヒマラヤの高地だ。
当時、中国によるチベット統治の影響もあり、中国側からチベットへ入る許可を得ることは容易ではなかった。そのため私たちはネパール側から入るルートを選んだ。取材したのは、聖山カイラスを目指すツピ族の家族である。彼らは家財や食料を背負い、標高5000メートル近い峠を越えながら巡礼の旅を続ける。酸素は薄く、一歩進むだけでも息が上がる世界だった。
私はその旅に同行し、ヒマラヤの氷河地帯を何日も歩いた。
「これまで最も過酷な取材はどれか?」と聞かれれば、間違いなくこの取材は3本の指に入るだろう。取材をするというより、一日12時間以上歩く合間に撮影をするという感じだった。一日が終わるとヘトヘトで、シェルパが設営するテントのなかに倒れ込んだ。
その道程で見た光景を、今回の洪水報道によって鮮明に思い出した。氷河が生き物のように軋み、ところどころで溶け出していたのである。
もちろん、そのころから地球温暖化はすでに議論されていた。しかし正直に言えば、その氷河が30年後にこのような大規模災害につながるとは想像していなかった。

今回の洪水は、氷河崩落が引き金になった可能性が高いとみられている。専門家らは、標高5200メートル付近の氷河の一部が崩落し、その衝撃で大量の土砂や氷が河川へ流れ込み、洪水につながった可能性を指摘している。
思い返せば、私は30年前、その前兆のような風景を見ていたのかもしれない。しかし、それを警告として受け止めていただろうか。
いや、受け止めていなかった。そして私だけではない。世界中で温暖化が語られ続けてきた30年間、人類はこの問題を知っていたはずである。
国際会議も開かれた。研究者は警鐘を鳴らした。メディアも繰り返し報じてきた。それでも私たちは、どこかで「遠い未来の話」として受け流してきたのではないか。

今回の洪水の映像を見ていると、自然が怒っているというより、自然が淡々と結果を突きつけているように見える。

30年前に私が見た氷河。その氷河は今日まで黙って溶け続けていた。変わらなかったのは氷河ではない。人類の方だったのかもしれない。
だから今回のネパールの洪水に接して感じたのは恐怖だけではない。
むしろ失望であり、無力感だ。
温暖化が叫ばれ続けた30年間、私たちは何をやっていたのか。そしてもっと言えば、あと30年後の人々は、今の私たちをどう振り返るのだろうか。
ネパールの山奥で起きた出来事は、決して遠い国の災害ではない。30年前にヒマラヤで見た氷河の先に、今回の洪水はあった。そう考えると、このニュースは重く見えてくる。
そして何より、この災害によって亡くなられた方々のご冥福を心からお祈りしたい。残された家族の悲しみを思うと、温暖化や気候変動をめぐる議論も、決して抽象論では済まされない。

私たちが向き合うべきなのは、数字でも統計でもない。一人ひとりの人生である。

Voicyで田淵俊彦の「テレビの裏側から人間を観てみた」を放送中!
本日は・・・#030 ネパール大洪水で思い出した30年前のヒマラヤ取材、です。
このブログでお伝えした過酷なロケの様子をリアルにお話ししていますので、ぜひお聞きください!
田淵俊彦の「テレビの裏側から人間を観てみた」は、人間観察チャンネル。テレビ東京で37年間、番組制作に携わった元プロデューサー。 テレビの裏側で観てきた人間、組織、社会の不思議を語る。テレビの話から始まり、ときに芸能、ときに歴史、ときに旅へ。お聞きになって、どしどしコメントをお寄せください!
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「読売新聞デジタル」より

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