【今日のタブチ】『VIVANT』や『ミッション・インポッシブル』はなぜスパイをかっこよく見せるのか――吉田直哉『日本人と次郎長』が見抜いた「感情の刷り込み」
公安調査庁が職場体験ツアーを実施し、多くの応募者を集めているという記事を読んだ。その中で私が興味を引かれたのは、人気の背景としてドラマ『VIVANT』や映画『ミッション・インポッシブル』の影響が指摘されていたことだ。
なるほどと思う一方で、私は別のことを考えた。
人々は情報機関の実態を知ったから関心を持ったのだろうか。それとも映像作品によって作られたイメージに魅了された結果なのだろうか。
大学の授業「ドキュメンタリー論」で、私は日本テレビドキュメンタリー史の草創期を代表する吉田直哉の『日本の素顔』を取り上げている。
その中の「日本人と次郎長」は今見ても刺激的な作品だ。吉田は、子どもたちがチャンバラや任侠映画に親しむことで、ヤクザという存在への心理的な距離が縮まっていると指摘した。もちろん、子どもたちが暴力団の実態を理解しているわけではない。しかし映画や遊びを通じて、親分子分の世界や義理人情の価値観に親しんでしまうのである。
この指摘は半世紀以上を経た現在でも色あせていない。
『VIVANT』や『ミッション・インポッシブル』が描くスパイや情報機関も同じ構造を持っている。
視聴者は諜報活動の法的根拠や権限の範囲を知る前に、まず国家を守るヒーローとしての姿に接する。秘密裏に活動し、危険な任務を遂行し、誰にも知られず国を守る。その姿は実に魅力的だ。
問題は、その描写が真実か虚構かではない。
映像作品は現実を説明する以前に、現実への感情を形成する。
私たちは情報機関について学ぶ前に、情報機関を好きになる。警察制度について考える前に、警察官を頼もしい存在だと思う。自衛隊の役割を議論する前に、戦闘機や護衛艦の格好良さに心を奪われる。
それを最も分かりやすく示しているのが「警察24時」や自衛隊特集の番組である。そこに登場する警察官は昼夜を問わず市民を守り、犯罪者を追跡する。自衛隊員は過酷な訓練に耐え、高度な装備を操る。もちろん、それらは事実なのだろう。しかし、画面の中で強調されるのは組織が持つ権力性よりも、使命感や献身性、そして格好良さである。
警察には冤罪の問題がある。自衛隊には軍事力としての側面がある。情報機関には監視や秘密活動という権力作用が伴う。しかし、それらは画面の前面には出てこない。
ここで重要なのは、メディアが嘘をついているということではない。
何を見せるかによって、視聴者の感情の向かう先が決まるということだ。
私たちはしばしばメディアを現実を映す鏡だと考える。しかし、実際のメディアは鏡である以前にレンズである。どこに焦点を当てるかによって、同じ現実はまったく違う姿を見せる。
公安調査庁の記事を読みながら、私が思い出したのはそのことだった。『VIVANT』が面白いことと、情報機関の活動をどう評価するかは本来別の問題である。しかし映像はしばしば両者を接近させる。制度を理解する前に、その制度に好意を抱かせるのである。
吉田直哉が半世紀前に見抜いたのは、まさにその仕組みだったのではないか。映像は現実を伝えるだけではない。私たちが現実をどう感じるかを、先回りして形づくるのである。
今日のVoicyは、映像のすり込み、観る者に与える“意外な”影響力について話したいと思います。
#091 『VIVANT』を見てスパイに憧れる人が増えたって本当?
https://voicy.jp/channel/1027821/8352790

番組公式HPより


