【今日のタブチ】“誰かの盾”になるために書く、撮る、伝える―脚本家・吉田恵里香氏の『虎に翼』『もうパパ!』に通底する信念

今朝の東京新聞に、脚本家の吉田恵里香氏の講演を紹介した記事が掲載されていた。
NHK連続テレビ小説『虎に翼』の脚本を手がけた吉田氏は、講演のなかでこんな趣旨のことを語っている。
「エンタメは誰かを踏み付け、消費することで成り立つ部分がある。当事者だけが声をあげなくてもいいし、自分にも何かできればと思い、日々脚本を書いている」
私はこの言葉に強く共感した。
なぜなら、これは単なる脚本論ではなく、「表現とは誰のためにあるのか」という問いへの答えでもあるからだ。
そして、その吉田氏の思いは、いま放送中のドラマ『もうパパ!』にも色濃く表れているように感じる。
この作品は、一見するとコミカルな家族ドラマに見える。しかし、その奥には現代社会を生きる若者たちの息苦しさや孤独が丁寧に描かれている。
この作品で私が特に印象的だったのは、キコを演じる原菜乃華さんである。原さんとは、私が制作に関わったドラマ『二つの祖国』でご一緒したことがある。当時はまだ若手だったが、あれから8年。今回の演技を見ていて率直に感じたのは、ずいぶんうまくなったということだ。もともと存在感のある役者だったが、いまは感情の揺れを繊細に表現できるようになった。私が特に印象的だったのは、キコが胸の内を吐き出す場面だ。
「いつも、どうやったらパパに気に入ってもらえるかな、パパが喜ぶかなと思ってきた」
この言葉を聞いたとき、私は親子関係の話としてだけ受け止めることができなかった。いまSNSの世界で生きる若者たちも、同じ苦しさを抱えているのではないかと思ったからだ。
どんな投稿をしたらフォロワーが喜ぶのか。何を書けば「いいね」が増えるのか。どんな意見なら批判されないのか。どんな振る舞いなら仲間外れにならないのか。
本来、SNSは自由に自分を表現するための空間だったはずだ。しかし現実には、他人の期待を読み続ける場所にもなっている。
そして気がつけば、自分が本当に何を考えているのかよりも、相手が何を求めているのかを優先してしまう。
キコの苦しさは、現代の若者たちの苦しさそのものに見えた。
だから私は、このドラマが誰かの盾になろうとしている作品だと感じたのである。
誰にも理解されないと思っていた人が、「自分だけじゃなかったんだ」と思える。自分のしんどさを言葉にできなかった人が、「まさにこれだ」と気づく。
エンタメにできることは決して小さくない。
社会問題を解決できなくても、人を孤独から救うことはできる。吉田氏が言う「盾になる」とは、そういうことなのかもしれない。

そしてこの記事を読みながら、私は自分自身が番組を作っていた頃のことを思い出していた。
私は常に、「誰かの役に立ちたい」と思いながら番組を作ってきた。
もちろん、世界を変えようなどと思っていたわけではない。そんな大それたことではない。
ただ、私が作った番組を見て、「明日も頑張ろう」と思ってくれたり、少し勇気づけられたり、今まで知らなかった世界を知ったり、何かを考えるきっかけになったり。そんな小さなことでいいから、「見てよかった」と思ってほしかった。
テレビもまたエンターテインメントである。だからこそ、ときに人を傷つけることもあるし、誰かを消費してしまう危うさも抱えている。それでも、その力を誰かを守るために使うことはできる。苦しんでいる人に寄り添うこともできる。見過ごされている人の存在を社会に伝えることもできる。
吉田氏の発言を読んで、改めてそんなことを考えた。
「誰かの盾になる」
簡単な言葉ではない。
だが、脚本を書く人も、番組を作る人も、記事を書く人も、その思いを少しでも持ち続けることができたなら、エンタメもメディアも、まだ捨てたものではないと思うのである。

今日のVoicyは、脚本家・吉田恵里香さんの言葉に感銘を受けて、自分の制作ポリシーを思い起こした話をしたいと思います!
#087 元テレビマンが共感した脚本家の言葉 「誰かの盾になる」ために表現する意味
https://voicy.jp/channel/1027821/8335497

番組公式HPより

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