【今日のタブチ】なぜ若者は原発問題を遠く感じるのか 加藤就一さんの上映会で考えたこと

今日は、長年お世話になっているフリージャーナリストの加藤就一さんのDVD上映会に参加してきた。

就さんは元日本テレビ社員で、『アメリカ横断ウルトラクイズ』の全盛期を支えた後、報道局へ異動し、「NNNドキュメント」などに携わってきた。私自身も、これまで「連合赤軍」「高齢初犯」「ストーカー加害者」「発達障害と少年犯罪」など、難しいテーマの番組企画を何本も通してもらい、プロデューサーも務めていただいた。私にとっては、業界の先輩というより“アニキ”のような存在である。
就さん自身も長年、原発問題を取材し続けてきた。著書『ごめんなさい、ずっと嘘をついてきました。福島第一原発 ほか原発一同』は、多くの人に読まれた一冊だ。

今日はその書籍をもとにした72分の朗読劇映画を鑑賞し、出演者である画家の和田惠秀氏の講演、さらに就さん自身による講演と質疑応答という充実した内容だった。
映画は朗読と寸劇、そして和田氏の絵で構成されていた。就さんらしい分かりやすい演出で、子どもたちにも十分伝わる内容だった。もっと小学校や中学校などの場で観てほしい作品だ。
就さんの講演タイトルは「日本はなんで再生可能エネルギーが伸び悩んでる?」。なかなか攻めたテーマである。

まず嬉しかったのは、桜美林大学4年の学生と、私の市民大学の常連である女性が一緒に参加してくれたことである。
原発問題は難しい。政治や経済、歴史や科学技術が複雑に絡み合い、とっつきにくいテーマでもある。それでも関心を持ち、まず足を運んでみようと思ってくれたこと自体に大きな価値がある。

そして、映画と講演を観ながら私の頭に浮かんでいたのは、原発そのものよりも「次世代」という言葉だった。
私は、「次世代」には二つの意味があると考えている。
一つは次世代のエネルギーである。
太陽光や風力発電などの再生可能エネルギーは、その代表例だろう。もしそれらが本当に原発に代わる有力な選択肢だとするならば、なぜ日本では思うように普及していないのか。
利権や政治との関係はよく語られる。しかし、それだけでは説明できない何かがあるようにも思える。
新しい仕組みが広がることで都合が悪くなる人たちがいる。その構造自体を見つめなければならないのではないか。

そしてもう一つの「次世代」は、原発問題をどう受け継いでいくかということである。
参加した学生が、会場で「原発問題には怖いイメージがある」と話していたのが印象的だった。なるほどと思った。
私たちの世代にとっては社会問題として語られてきたテーマだが、教科書でも深く扱われることは少なく、日常の中で議論される機会も決して多くない。そのため若い世代にとっては、自分で考える前に「何となく触れてはいけない問題」「センシティブで近寄りがたい問題」というイメージだけが先行しているのかもしれない。
だとすれば、問題は原発そのものではない。原発を考えるための入口が見えにくくなっていることではないだろうか。
マンガでもいい。動画でもいい。社会問題に関心を持つインフルエンサー系YouTuberと組んでみるのもいいだろう。

大切なのは「正しい答え」を押し付けることではない。関心を持つ入口をつくることだ。
そう考えると、オリバー・ストーン監督の『未来への警鐘』が世間に与えたインパクトも理解できる。作品の評価は別として、著名な映画監督が広告塔のような形で「原発は安全だ」と語れば、多くの人は耳を傾ける。
結局のところ、社会問題は何を語るかだけではなく、誰が、どのように語るのかも重要なのだ。

だからこそ、就さんのように原発問題を語り続ける人の存在は貴重なのだと思う。派手なイベントではないかもしれない。しかし、こうした地道な活動によって、一人でも多くの人が問題を知り、考えるきっかけを得る。その積み重ねこそが、次世代への継承なのだろう。
今日の上映会は、エネルギー問題について考える場であると同時に、「次世代へ何をどう伝えるのか」を考える場でもあった。
そんなことを改めて感じた一日だった。

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