【今日のタブチ】『VIVANT』拷問シーン報道で語り尽くせなかったこと――「暴力的描写あり」は免罪符になるのか?

今朝の東京新聞に、私のコメントが掲載された。

テーマは、TBSドラマ『VIVANT』シーズン2の過激な暴力描写についてである。記事では、ゴールデンタイムの放送としては配慮が足りないのではないか、という私の見解を紹介していた。もっとも、取材では紙面に掲載された以上に、かなり踏み込んだ話をしている。新聞は限られた紙幅で構成される以上、それは当然のことだろう。
そこで今日は、紙面では触れられなかった論点について補足しておきたい。

まず大前提として、私が今回問題視しているのは、実は暴力描写そのものではない。もっと根本にある、テレビ業界のある風潮についてである。
もともとドラマでは番組の最後に「このドラマはフィクションです」といういわゆる「お断りテロップ」を入れる。
だが、近年、ドラマの冒頭でよく見かけるようになったほかの表現がある。
「一部に暴力的描写を含みます」「ご視聴にはご注意ください」というものだ。
もちろん、こうした注意喚起そのものを否定するつもりはない。視聴者に選択肢を与えるという意味では一定の意義があるだろう。しかし私には、最近のテレビ業界がそのテロップに頼り過ぎているように見える。
本来であれば、「この表現は地上波ゴールデンで本当に必要なのか」「この描写は視聴者にどう受け取られるのか」を制作段階で徹底的に議論しなければならない。
ところが、「注意書きは出した」「視聴者には事前に知らせた」だから大丈夫だろう。そんな空気がどこかに生まれてはいないだろうか。
私が危惧しているのはそこだ。

思い出すのは、NHKドラマ『シミュレーション』をめぐる訴訟である。モデルとされた研究所長の孫が番組側を訴えた際、業界内には「クリエイターの自由を萎縮させる」という反発が少なくなかった。
その主張にも一理ある。創作の自由は守られなければならない。だが、それがいつの間にか「フィクションと書いてあるのだから文句を言うな」「注意書きを出しているのだから責任は果たした」という発想につながってしまうとしたら話は別である。

テロップは責任そのものではない。責任の代用品でもない。作品の責任は、あくまで作品そのものが負うべきだ。

二つ目の論点は、中国を実名で登場させたことである。
私は『VIVANT』シーズン1を高く評価していた。理由の一つは、架空の国家や組織を使いながら、現実の国際情勢を想起させる巧みな構成にあった。
どこの国なのだろう。何を暗示しているのだろう。そうした想像の余地があった。
ところがシーズン2では中国が実名で登場する。私には、その必要性がよく分からない。実名を使わなければ表現できない内容だったのだろうか。そうは思わない。
例えば、現在放送中のドラマ『ポリティカル・パン』では、架空の国家設定を用いながらも、十分に政治や権力構造を描くことができている。むしろ、架空設定だからこそ自由に描ける部分もある。
ドラマはドキュメンタリーではない。クリエイターに求められるのは事実の再現だけではなく、想像力による表現である。
実名を出さなければ描けないのであれば、それは表現の問題ではなく、想像力の問題だ。厳しい言い方になるが、私はそこにクリエイターとしての能力不足を感じる。そして、それを止められなかったプロデューサーの責任感にも疑問を抱く。

三つ目の論点は、配信時代のドラマづくりである。
いまのドラマは放送だけで完結しない。TVerがあり、Netflixがあり、海外配信もある。制作者が配信を意識するのは当然だ。しかし、その結果として地上波と配信の境界線が曖昧になっているのではないか。
今回の『VIVANT』を見ていて感じたのは・・・残虐な描写で視聴者の怒りを刺激する。その怒りを主人公の反撃に向ける。そしてカタルシスを与える・・・という構造である。
もちろん、それはドラマの技法の一つだ。だが、それだけなら映画でも漫画でもできる。私がドラマ制作の現場で大切にしてきたのは、そんなことではなかった。
人物で引っ張る。物語で引っ張る。視聴者の想像力で引っ張る。そこにクリエイターの真骨頂がある。
刺激で引っ張ることは難しくない。しかし想像力で引っ張ることは難しい。だからこそ価値がある。

今回の『VIVANT』には、シーズン1で感じたその豊かな想像力よりも、刺激の強さが前面に出ているように見えた。
私が最終的に危惧しているのは、地上波ゴールデンタイムで、お断りテロップ一つを免罪符にしながら過激表現をエスカレートさせる風潮である。
「暴力的描写があります」その一文を表示すれば責任を果たしたことになるのか。私はそうは思わない。
本来問われるべきなのは、テロップの有無ではない。その表現が本当に必要だったのかどうかである。そして、その判断と責任を負うべきなのはテロップではない。作品を世に送り出したクリエイターであり、プロデューサーである。
だから私はあえて問いたい。
「注意しました」と言えば済む時代に、本当になってしまっていいのだろうか。

今日のVoicyは、『VIVANT』の残虐シーンについて取材を受けた際に話したことで記事化されなかったネタについて話したいと思います!
#093 東京新聞には載らなかった話――『VIVANT』拷問シーンより私が気になったこと
https://voicy.jp/channel/1027821/8345680

日曜劇場『VIVANT』第13話より (C)TBS

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