【今日のタブチ】なぜフランスメディアは今、「連合赤軍」を取材するのか―オウム、SNSを繋ぐ不穏な真実
先日、フランスの国営放送局であるFrance24の取材を受けた。テーマは連合赤軍とあさま山荘事件である。企画書によれば、単に事件そのものを振り返るのではなく、当時の若者たちの思想や行動、そして現代の若者たちとの違いを探ろうとする内容だった。
正直に言えば、最初に思ったのは「なぜ今なのか」ということだった。
私が日本テレビのNNNドキュメント『狂気の正体 元連合赤軍兵士 41年目の証言』を制作したのは2013年2月。番組では、山岳ベース事件に関わった植垣康博氏への取材を通じて、連合赤軍の内部で何が起きていたのかを探った。
しかし、それから13年が過ぎている。
事件そのものに至っては、1972年のあさま山荘事件から半世紀以上が経過している。
なぜ2026年になって、フランスのテレビ局が日本までやって来て、この問題を取材しようとしているのか。
企画書や質問票を読み込むうちに、私は一つのことに気付いた。
彼らが本当に知りたいのは、連合赤軍の歴史そのものではない。
「なぜ1970年代の若者たちは社会を変えようとしたのか」
そして、「なぜ現代の若者たちはそうしないのか」という問いなのである。
取材に備えて整理した私の考えはこうだ。
連合赤軍は絶望から生まれたのではない。むしろ希望から生まれた。彼らは本気で社会を変えられると信じていた。その強い理想が、やがて「革命的人間」を求める方向へねじれ、「誰が本物の革命家か」を裁く論理へと変質していったのである。
取材当日は桜美林大学の図書館でインタビューを受け、その後はゼミでも同じテーマを取り上げた。
連合赤軍はなぜ生まれたのか。
なぜ理想を掲げた若者たちが、仲間を裁くようになったのか。
そして、あさま山荘事件は日本社会とテレビ報道をどう変えたのか。
そんな話をしながら、学生たちと議論を重ねた。
さらに、NNNドキュメント 狂気の正体 元連合赤軍兵士 41年目の証言 を視聴し、「共感」と「反発」の両面から考えてもらった。
興味深かったのは、学生たちが決して無関心ではなかったことである。もちろん連合赤軍に共感しているわけではない。しかし、「なぜそこまで信じられたのか」「なぜ仲間を裁くようになったのか」という部分には強い関心を示した。
私は以前から、「今の若者は無関心なのではない。熱狂しないだけだ」と考えている。今回もその認識を強くした。
そして、最初に感じた「なぜ今なのか」という疑問に関しては、その背景にフランス国内の今の事情もあるのではないかと思っている。
最近の報道を見ると、フランスでは教育政策への反発や教員不足などを背景に高校生たちによる大規模な抗議活動が続いている。学校封鎖は全国700校以上に広がり、警察との衝突で5000人を超える拘束者が出たという。いわゆる「学生運動」が活発化している。一部では放火や略奪も発生し、抗議活動の過激化が社会問題になっている。さらに報道では、SNSによる動員や極左勢力の関与も指摘されていた。
つまりフランス社会自身が、「若者はなぜ立ち上がるのか」だけでなく、「運動はなぜ過激化するのか」「理想を掲げた若者たちは、どこで一線を越えてしまうのか」という問題に直面しているのである。
だからこそ彼らは、半世紀前の日本に目を向けたのではないか。
学生運動から生まれ、やがて仲間同士を裁く集団へと変質した連合赤軍は、フランスにとっても決して遠い国の古い物語ではないのかもしれない。
私は連合赤軍を取材した頃から、一つの違和感を持ち続けている。
それは、私たちがこうした事件をあまりにも特殊なものとして扱い過ぎていることだ。
永田洋子は特殊な人物だった。麻原彰晃は特殊な人物だった。だから死刑になった。
もちろん、重大犯罪の責任は問われなければならない。しかし、そこで思考を止めてしまえば何も見えてこない。
本当に問わなければならないのは、「なぜ普通の若者たちがその世界に巻き込まれたのか」ということだからだ。
連合赤軍もオウム真理教も、最初から殺人集団として始まったわけではない。理想を語り、よりよい社会を目指し、仲間を求め、やがて閉鎖的な集団となり、異論が排除され、自分たちだけが正しいと信じ始める。その先に悲劇があった。私は、この構造こそが重要だと思っている。
実は、この構造は過去の話ではない。SNSを見ても、自分と同じ考えの人だけが集まり、価値観が純化し、異なる意見を持つ人を敵視するような現象は珍しくない。
もちろん、連合赤軍とSNSは同じではない。だが、「自分たちだけが正しい」という思い込みが生み出す危うさには、共通するものがあるように思う。
だから連合赤軍は歴史教材ではない。半世紀前の事件で終わった話でもない。
フランス人が今になってこの問題を問い、日本の大学生たちが真剣に議論した理由も、そこにあるのだろう。
私が2013年に『狂気の正体 元連合赤軍兵士 41年目の証言』を制作した理由も同じである。
連合赤軍を特別な人々による特別な事件として片付けるのではなく、その中に私たち自身の姿を見るためだ。
もし私たちが、「あれは特別な時代の特別な人たちの話だ」と考えるなら、何も学ばないまま終わるだろう。だが、「自分にもその可能性はあるのではないか」と問い続けるなら、連合赤軍は過去の事件ではなくなる。
半世紀を経た今になってフランス人が日本へやって来た理由も、おそらくそこにあるのだと思う。
今日のVoicyは、私が受けたフランス国営放送の取材を通して、連合赤軍問題やオウム真理教問題を考えます。
#083 連合赤軍は終わっていない フランス国営放送の取材で観えた不都合な真実
https://voicy.jp/channel/1027821/8320379
写真提供「フランス国営放送France24」


