【今日のタブチ】簗農相は辞めて終わりではない──私が危惧する「説明なき幕引き」
簗和生農林水産大臣が辞任した。高市早苗首相は辞表を受理し、事実上の更迭となった。背景には、道路予算に関する発言問題に加え、公職選挙法違反疑惑などが相次いで報じられ、国会審議への影響も避けられなくなったことがある。
メディアでは、簗氏個人の資質や議員としての適格性、さらには高市首相の任命責任を問う報道が続いている。もちろん、それらは重要な論点だ。
しかし、私が最も気になっているのは別の点である。
それは、「辞任したのだから終わり」という空気が生まれてしまうことだ。
確かに企業経営者や組織のトップであれば、辞任によって一定の責任を取ったとみなされる場合がある。株主や取締役会が判断し、その組織の中で決着がつくという理屈も成り立つ。
だが、国会議員は少し違う。議席は首相から与えられたものでもなければ、政党から与えられたものでもない。有権者によって与えられたものである。
だから私は、大臣を辞めたことで説明責任まで消滅するとは思わない。むしろここからが本当の説明責任の始まりではないか。
今回、国民が知りたいのは何か。なぜそのような発言をしたのか。その発言の真意は何だったのか。単なる見栄や虚勢だったのか。周囲への威嚇だったのか。それとも、発言の背景に何らかの事実が存在したのか。過去にも同様の事例があったのか。
そうしたことが明らかにならないまま辞任だけで幕引きになれば、社会は何も学ばない。
私は長年、事件や社会問題を取材してきたが、本当に恐ろしいのは事件そのものではなく、その原因が解明されないまま忘れ去られることだと実感している。
実は私は、かつて連合赤軍事件を題材にした番組を制作したことがある。最近もその関係でフランス国営テレビの取材を受けた。(このことについては、またこのブログで報告したい)
もちろん、連合赤軍事件と今回の簗氏問題を同列に論じるつもりはない。しかし、取材を通じて強く感じたことがある。
社会は往々にして「誰が悪かったのか」には注目するが、「なぜ起きたのか」の検証は途中で止まってしまうということだ。そして、その検証不足が次の問題を生む。
連合赤軍事件についても、私は長年、もっと多くの事実や背景が掘り下げられ、社会全体で教訓化されるべきだったのではないかと思い続けてきた。その思いは、オウム真理教事件を目の当たりにしたときさらに強くなった。
両者に直接的な因果関係があると断定することはできない。しかし、閉鎖的な組織が暴走し、その危険な兆候を社会が十分に捉え切れなかったという意味では、私には共通する教訓があるように思える。
だから私は今回も同じことを考える。簗氏を辞任させれば終わりなのか。
違うだろう。
なぜその問題が起きたのか。何が背景にあったのか。再発防止のために何を明らかにしなければならないのか。
そこまで踏み込まなければ、数年後にまた似たような事件が起きるだけではないか。
民主主義とは選挙だけで成立するものではない。選ばれた者が説明し、その説明を国民が検証する。その繰り返しによって支えられている。だから私は今回の件について、「辞任したのだから終わり」ではなく、「辞任したからこそ説明を続けなければならない」と考えている。
有権者によって選ばれた議員である以上、その責任は大臣の椅子を失ったからといって消えるものではない。
今日のVoicyは・・・辞任してはい終わり、では再発は防げない。同じように幕引きされた連合赤軍やオウムの事件。説明責任と真相解明の必要性を問う。
#079 簗農相辞任で思い出した連合赤軍の教訓。「真相究明なき幕引き」の怖さ
https://voicy.jp/channel/1027821/8311297
「中日新聞オンライン」より




福岡の件もすでに報道もしなくなりましたし、
辞任した議員が説明してるのって見た記憶ありません。
マスコミも追及しなくなりますしね…
特に近年は理由はなんでもイイから
「叩いて辞めさせるまでが正義」
みたいになってますね。
その後はどうでもいいと言った感じで残念です。
宮本さん
コメントありがとうございます!
久々で嬉しいです!!!
そうなんです・・・「辞めたら追求しない」というメディアも良くないと思います。
可哀想だと思っちゃうんでしょうか・・・。
田淵 拝