【今日のタブチ】小早川明子さんに教わった「自分も加害者になるかもしれない」という“想像力”の大切さ
今朝の新聞に、NPO法人ヒューマニティの故・小早川明子さんに関する記事が載っていた。
小早川さんは惜しくも今年2月に亡くなられたが、記事ではその意思を引き継ぐ宮岡大氏が、生前の思い出や志について語っていた。
ご存じの方も多いと思うが、小早川さんはストーカー問題の分野では第一人者とも言える存在だった。警察庁のストーカー規制に関する有識者検討会の委員も務めながら、被害者はもちろん、多くの人々の相談に耳を傾け続けてきた。
なかでも特筆すべきは、被害者だけでなく加害者のカウンセリングにも積極的に取り組んでいたことだ。
ストーカー事案がなかなか減少しない背景には、被害者支援だけではなく加害者対策も必要であるという考えがあった。そしてもうひとつ、小早川さんは「やめたくてもやめられない」と苦しんでいる加害者がいることを見逃さなかった。私はここに、小早川さんの本当のすごさがあったと思っている。
私は長い間、小早川さんと親しくお付き合いさせてもらった。
最初にお会いしたのは2013年頃だったと記憶している。同年12月に放送した日本テレビ『NNNドキュメント』で、高齢者犯罪をテーマにした「高齢初犯」を取材していた頃だ。取材を進めるなかで、高齢者によるストーカー事案が少なくないことを知り、私は小早川さんに話を聞きに行った。
その後、ストーカー加害者に焦点を当てたドキュメンタリーも制作した。奇しくも現在担当している市民大学では、社会派ドキュメンタリーの実例として、その番組を教材のひとつにしている。
番組の放送後も、小早川さんとは何度も食事をし、お酒を飲み、多くの時間を共にした。そのたびに感じたのは、人への深い優しさと、物事を一面的に見ない視野の広さだった。相手の立場や背景に思いを巡らせながら、それでいて本質を見失わない。そんな姿勢に、私は何度も教えられた。
いつしか私は勝手に、小早川さんを“姉”のような存在だと思うようになっていた。何かと相談事のために事務所に伺うと、いつもワンちゃんを抱えて笑顔で出迎えてくれる。その温かさが好きだった。
2023年、大学に着任した私は、FD(Faculty Development)の一環としてハラスメント研修を企画した。その際も、小早川さんに講師をお願いした。思えば、その頃にはすでに病と向き合っていたのである。
自由が丘のカフェでお願いしたとき、「田淵さんのお願いなら引き受けるわよ」と笑顔で答えてくれた。あのときの表情を、私は今でも鮮明に覚えている。
小早川さんからは数えきれないほどの言葉をもらった。なかでも強く印象に残っているのが、
「田淵さん、私も実はストーカー加害者だったのよ。だから加害者の気持ちがよく分かるの」
という言葉だ。
最初に聞いたときは驚いた。だが、時間が経つにつれ、その言葉の重みが理解できるようになった。
加害者の怒りも、ゆがんだ思考回路も、抱えている孤独や生きづらさも、小早川さんは知ろうとしていた。だからこそ多くの加害者が、最後には小早川さんの元を訪れたのだろう。
私はこの言葉を、単なる告白ではなく「自分もまた加害者になり得る存在なのだ」という戒めとして受け取っている。
何事においても、自分が当事者になるかもしれないという想像力は大切だ。いつストーカー加害者になるかもしれない。いつ誰かを傷つける側になるかもしれない。いつ犯罪の当事者になるかもしれない。そんな可能性を完全に否定せず、自らを省みる視点を持つことが、人を踏みとどまらせる心の歯止めになるのではないだろうか。今朝の新聞で見た小早川さんの笑顔は、そんなことを私に改めて問いかけているように思えた。
今日のVoicyは、この小早川さんの思い出とそこから得た金言、人生を豊かにしてくれるヒントについてお話ししています!
#082 「私も加害者になるかもしれない」という想像力
https://voicy.jp/channel/1027821/8315068

「東京新聞デジタル」より

