【今日のタブチ】ツーショットを撮り忘れるほど 〜親友ロコとの夜〜
昨晩は、中学・高校時代の親友が上京し、久しぶりに二人で飲んだ。頃安隆司氏。私たちは昔から「ロコ」と呼んでいる。
考えてみれば、不思議な縁である。中学・高校時代の親友だが、実は知り合ったのはもっと前だ。小学校は別だったものの、お互いの存在はその頃から知っていた。
共通点は「詩吟」である。
今の学生たちに話してもあまりピンと来ないかもしれないが、私もロコも小学生の頃から詩吟を習っていた。そして二人とも、それなりに上手かった。県大会でロコが優勝すると私が準優勝。私が優勝するとロコが準優勝。そんなことを何度も繰り返していた。
つまり最初の関係は、親友ではなくライバルだった。
それが半世紀以上を経て、今でもこうして酒を酌み交わしているのだから、人生は面白い。
昨夜向かったのは、恵比寿にあるお気に入りのイタリアン「nino」だ。30年来の付き合いになるオーナーシェフ西川氏の店である。生ハムも絶品なら、トリッパも絶品。自家製サラダのドレッシングは飲めるほどの絶品だ。しかもそのすべてが自家製で、ドルチェまで手を抜かない。昨夜も期待を裏切らない味だった。
テレビマンだった時は毎日のように会合をしていたが、2023年に業界から退いて、滅多に外食をしなくなった。昨晩もおよそ1か月ぶりの外食だった。だが、親友が上京するとあっては、駆けつけないわけにはいかない。
しかし・・・今朝になって写真を見返してみると、肝心なものが写っていない。
ロコとのツーショットである。
気づいた時にはもう別れた後だった。あれだけ長い時間一緒にいて、一枚も撮っていない。いや、正確には撮るのを忘れていた。掲載した写真は、ロコが撮った私の写真と、かろうじて撮ってあったトリッパの写真、そして別の機会に撮ったロコの写真を無理やり組み合わせたものである。
ブログ用の証拠写真としてはかなり苦しい。だが、考えてみれば、それも当然かもしれない。
話が弾んでいるときほど、写真を撮るのを忘れたりする。絶景を目の前にしたときに圧倒され、写真すら撮るのを忘れるのと同じだ。
もっとも、昨夜は写真を撮るよりも、話すことの方がずっと大事だったからだ。いや、何を話したかよりも、一緒にいたことの方が大事だったのかもしれない。
高校時代、私たちはロコの家によく入り浸っていた。ロコと、私と、もう一人の親友である武内隆氏。当時はお互いを本名で呼ぶことなどほとんどなく、頃安隆司は「ロコ」、武内隆は「たあっさん」、そして私はなぜか「タブ公」だった。今思うと、なかなか脱力感のあるネーミングである。
三人で集まっていたが、何をしていたのかと聞かれると困る。
熱い議論をしていたわけでもない。哲学を語っていたわけでもない。ただ、そこにいた。何となく集まり、何となく笑い、何となく夜が更けていった。ところが不思議なことに、人生を振り返ると、そうした何でもなかった時間ほど記憶に残っている。
受験の結果や表彰状のことは曖昧になっても、一緒に過ごした友人たちの顔は忘れない。
昨夜はずいぶん飲んだ。そして酔った勢いで、たあっさんこと武内氏に電話までかけた。今どきで言えば完全な迷惑電話である。それでも電話をかけたくなるのが長年の友人というものかもしれない。電話口で何を話したのかもあまり覚えていない。半世紀近く前の高校生が、そのまま年齢だけ重ねてしまったような時間だった。
最近はSNSの時代である。どこへ行ったか。何を食べたか。誰と会ったか。すぐに写真に残せる。それはそれで悪いことではない。
だが、昨夜あらためて思った。本当に楽しい時間というのは、案外写真が残っていない。写真を撮ることを忘れてしまうからだ。高校時代もそうだった。ロコの家に入り浸っていた頃の写真など、ほとんど残っていない。でも、記憶は残っている。
人生に残るのは、記録よりも記憶なのかもしれない。
昨夜はそんなことを思った。
今日のVoicyは・・・あなたにとって“ライバル”とは?“親友”とは?久々に会った親友との夜で、人生の「記憶」の大切さを感じました。
#081 半世紀前のライバルと酒を飲む 人生に残るのは「記録」より「記憶」
https://voicy.jp/channel/1027821/8307159



