【今日のタブチ】メルカトル図法は本当に悪者なのか?国連決議の記事を読んで抱いた違和感

新聞を読んでいて、少し気になる記事を見つけた。
国連総会で、従来広く使われてきた「メルカトル図法」ではなく、面積をより正確に反映した「イコールアース図法」の採用を加盟国に促す決議が採択されたという内容だ。
私が子どもの頃、社会科で習った世界地図には主に二つの図法があった。メルカトル図法とモルワイデ図法である。メルカトル図法は形が分かりやすく、特に航海には便利だと教わった。一方で高緯度地域ほど実際より大きく描かれるため、面積は正確ではない。対してモルワイデ図法は面積を比較的正確に表現できるが、形はやや歪んで見える。
つまり、それぞれ長所と短所があり、用途によって使い分けるものだと理解していた。
メルカトル図法の成り立ちを考えてみたい。16世紀の大航海時代に考案されたこの地図は、世界の面積を正確に示すことを目的としていなかった。最大の特徴は、地図上で直線を引けば一定の方位を保った航路を示せることである。船乗りたちが目的地へ向かうための実用的な道具として生まれたのだ。現代でもGoogleマップをはじめとするスマートフォンの地図サービスでは、その見やすさや利便性からメルカトル図法をベースにした表示方式が広く使われている。
つまり、この図法の価値は面積の正確さではなく、「分かりやすさ」と「使いやすさ」にある
だから今回の記事を読んで、私は少し不思議な気持ちになった。

なぜなら、メルカトル図法はもともと面積を正確に表現するために作られたものではないからだ。言うなれば、用途に応じて作られた便利な道具だ。それを「面積が正確ではない」と批判するのは、少し違うようにも感じる。

もちろん、今回の決議を支持した国々の主張にも理解できる部分はある。
メルカトル図法では、グリーンランドやヨーロッパ、北米などの高緯度地域が実際以上に大きく描かれる。逆にアフリカは実際より小さく見えてしまう。実際にはアフリカ大陸の面積は約3,000万平方キロメートルで、グリーンランドの約14倍もある。それにもかかわらず、メルカトル図法では両者があまり変わらないように見える。植民地支配の歴史を経験した国々からすれば、「欧米中心の世界観を無意識のうちに強化している」と感じるのも無理はないだろう。
しかし、それでも私には一つの違和感が残る。

それは、地図そのものが問題なのではなく、地図に込められる意味が変わったのではないかということだ。

メルカトル図法が考案された当時、人々はそれを政治的なメッセージとして見ていたわけではない。航海のための実用的なツールだった。
ところが現代社会では、世界地図の描き方一つが国家の存在感や国際社会における立場の象徴として受け止められる。
つまり議論の本質は地図ではない。
国の大きさや存在感、プレゼンスの問題なのである。
私たちは知らず知らずのうちに、「大きく描かれる国は強い」「小さく描かれる国は弱い」というイメージを抱いている。だからこそ、地図の描かれ方に敏感になる。
そう考えると、今回の「脱メルカトル図法」は単なる地理学の話ではない。
国際社会における力関係や歴史認識、アイデンティティをめぐる政治的な議論なのだ。

私はニュースを読むとき、起きた出来事そのものよりも、「その背景で何が変わったのか」を考えるようにしている。
メルカトル図法の欠点は今に始まった話ではない。何百年も前から知られていたことである。それにもかかわらず、なぜ今になって国連で決議されるのか。そこに目を向けると、見えてくるのは地図の問題ではない。
国家のプレゼンスや歴史認識、多様性への配慮といった価値観を重視する現代社会の変化である。
ニュースの面白さは、出来事そのものではなく、その背後で社会の何が変わったのかを読み解くところにある。
私が子どもの頃は、「メルカトル図法は見やすい」「モルワイデ図法は面積が正確」。それだけの話だった。ところが令和の時代は違う。
地図一枚を見ても、その背景には歴史や政治、価値観が入り込む。

今回の記事を読んでいて感じたのは、地図が変わったのではないということだ。
変わったのは、私たちの社会そのものなのである。

ブログでは書けなかった秘話をVoicyではお話ししています。ぜひ聴いてみてください!
#039 国連が「メルカトル図法見直し」を採択-私が秘境で痛感した〝現地の人の声〟
https://voicy.jp/channel/1027821/8170700

「毎日新聞デジタル」より

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