【今日のタブチ】変わらない味、変わらない信仰――長崎空港で角煮まんじゅうを買いながら考えたこと
今は長崎空港。朝早くに生月島を出て、平戸大橋を渡り、約2時間半かけて長崎空港までやってきた。レンタカーを返却し、ようやく一息ついている。
長崎空港に着くと、私には毎回ほぼ決まった行動がある。岩崎本舗の売り場へ向かい、「長崎角煮まんじゅう」を家族へのお土産として買うことだ。
もちろん、長崎には魅力的なお土産がたくさんある。定番のカステラもあれば、ちゃんぽんや皿うどん関連の商品もある。最近ではおしゃれなスイーツも増えている。それでも結局、私の足は岩崎本舗へ向いてしまう。気が付けば、長崎出張や取材の帰りに買うお土産の定番になっている。
岩崎本舗の角煮まんじゅうの魅力は、何と言っても角煮そのものだ。じっくり煮込まれた豚の角煮は驚くほど柔らかく、箸で簡単にほぐれる。そこに甘辛いタレが絶妙に染み込んでいる。その角煮を挟むのが、ふんわりとした白い生地だ。電子レンジや蒸し器で温めると、生地はさらにふわっとし、角煮の旨味と香りが立ち上る。
一口かじると、肉の旨味とタレの甘みが口いっぱいに広がる。長崎から戻った日の我が家では、ちょっとした恒例行事のような食べ物になっている。家族も気に入っているので、「また同じものか」と言われたことはない。逆に「今回はカステラにする?」と聞いても「角煮まんがいい」という答えが返ってくる。私の方も、自然と角煮まんじゅうを買っている。
考えてみれば不思議な話である。
旅とは本来、新しい発見を求めるものだ。見たことのない景色に出会い、初めての食べ物を味わい、未知の文化に触れる。しかし、その一方で人は本当に気に入ったものについては、何度も同じ場所へ戻り、同じものを選ぶ。新しいものを求めながら、変わらないものにも惹かれる。そんな少し矛盾した存在なのかもしれない。
今回、私は生月島でかくれキリシタンの取材を行った。数百年にわたって信仰を受け継いできた人々の歴史と向き合った。そして同時に、その継承が容易ではなくなっている現実も教えられた。
受け継ぐ人が減る。高齢化が進む。地域社会そのものの姿も変わっていく。
「変わらない信仰」を守ることが、どれほど大変なことなのか。その重みを改めて感じる旅だった。
もちろん、かくれキリシタンの信仰と角煮まんじゅうを同列に語ることはできない。
ただ、人間というのは不思議なもので、「変わらないもの」に安心感や価値を見いだす生き物なのだと思う。毎年変わらず受け継がれてきた祈り。毎回変わらず買って帰るお土産。そのお土産もまた、変わらぬ伝統の味である。文化と伝統、その形は違っても、「受け継ぎ、守り、続ける」という営みにはどこか共通するものがある。
変わらない良さ。変わらない強さ。しかし本当は、変わらないということ自体がとても難しい。
何もしなくても続くわけではない。誰かが守ろうとしなければ残らない。今回、生月島でその現実を見た直後だからこそ、長崎空港でいつもの角煮まんじゅうを手にした時に、そんなことを考えてしまった。
さて、お土産も買った。あとは東京へ戻るだけだ。
生月島で取材した「変わらない信仰」と、長崎空港で手にした「変わらない味」。
今回の長崎フィールドワークは、「変わらないもの」の尊さと、その難しさを改めて教えてくれた旅だった。
「岩崎本舗HP」より


