【今日のタブチ】横浜市長辞職に思う――医師だった山中氏が見落としてしまったもの
横浜市の山中竹春市長が辞職を表明した。
第三者調査で職員に対するパワーハラスメントが認定され、その責任を取った形である。市長という立場で職員の尊厳を傷つけるような言動をしていたことは、当然ながら許されない。辞職という結論もやむを得なかったと思う。
そのことを前提にしたうえで、私は今回の問題を別の角度から考えてみたい。
なぜ山中氏は、このような結果を招いてしまったのか。
私はその理由の一つに、山中氏が長年医師として生きてきたことがあるのではないかと思っている。
もちろん、これはパワハラの言い訳ではない。ただ、人はそれまで生きてきた環境や仕事の流儀から完全には自由になれない。
医師という仕事は、究極的には人の命を救う仕事である。患者の状態が急変すれば、悠長な議論をしている時間はない。判断が遅れれば命が失われることもある。そうした現場では、結果が何より優先される。
そこには一般の組織とは異なる緊張感があるだろう。私は医療現場の人間ではないので断定はできない。だが、山中氏の言葉やこれまで進めてきた政策を見ていると、私は「市民の健康を守りたい」という強い使命感を感じるのである。
実際、山中市政の成果は小さくない。18歳以下の医療費無償化、市立中学校での全員給食の開始。いずれも長年実現が難しいとされてきた政策だった。しかも、あまり指摘されないことだが、その根底には共通点がある。医療費無償化も全員給食も、市民、とりわけ子どもたちの健康に直結する施策なのである。つまり山中氏は、市長になっても根っこの部分では医師だったのではないか。
市民の健康を守る。その目的に向かって全力で突き進んだ。その手腕は鮮やかだったと思う。だからこそ私は残念なのである。
なぜなら、山中氏は政策を実現する能力がなかったから辞職に追い込まれたわけではないからだ。むしろ逆である。政策を前へ前へと進めようとするあまり、職員の就業環境に十分な目配りができなくなってしまった。
会見で山中氏自身が語ったように、「政策を前に進めること」と「職員を守ること」を両立できなかったのである。
実は、この感覚は私にも少し分かる。
私がADやディレクターをやっていた1990年代後半から2000年代前半のテレビの現場も、どこか似た空気があった。
良い番組を作る。視聴者に伝わる作品を完成させる。そのためには徹夜もする。自分も寝ないのだからスタッフも寝ない。過酷なロケもやり切る。もちろん、自分だけが楽をしていたわけではない。全員が同じ船に乗り、同じ苦労を引き受けながらゴールを目指す。
そんな発想が当たり前だった。
「大きなひとつの目的に向かって、全員で一丸となって頑張る」
当時は、それが正しいと思っていた。だが、今は違う。成果を出すことと、人を守ることは両立しなければならない。むしろ、それができて初めて優れたリーダーだと評価される時代になった。山中氏もまた、その時代の変化を十分には読み取れなかったのではないか。
私は今回の問題を見ていて、「昭和型リーダーシップ」の限界を感じた。
強いリーダーが先頭に立ち、周囲を引っ張り、結果を出す。かつてはそれで評価された。だが、現代社会は、その過程も厳しく問う。
目的が正しくても手段は問われる。市民生活を良くしたいという思いが本物だったとしても、それによって職員が傷ついていい理由にはならない。
だから辞職は当然だと思う。
しかし、同時に、私は今回の問題を単なる「悪い市長だった」という話で終わらせたくない。むしろ、私たちの世代が長年当たり前だと思ってきた仕事観そのものが問われているのだと思う。今回の事件は、それに気づかせてくれた。
山中氏の辞職は、一人の市長の失敗ではない。
「目的が正しければ多少の犠牲はやむを得ない」
そんな価値観が通用しなくなった時代を象徴する出来事なのではないだろうか。
Voicyでもこの問題について詳しく話しています!ぜひお聞きください。
#034 横浜市長辞任で考えたー私たち世代が見落としてきたもの
https://voicy.jp/channel/1027821/8164298
「西日本新聞me」より



