【今日のタブチ】忘れてはならない2026年7月17日――「国民の総意」はどこへ消えたのか……改正皇室典範、国旗損壊罪法、再審制度見直しが指し示した“日本の進路”
私は、「2026年7月17日」を「日本がどのような国を目指すのかを明確に示した日」として決して忘れないだろう。
この日、改正皇室典範、国旗損壊罪法、そして再審制度を見直す改正刑事訴訟法が成立した。
それぞれ内容は異なる。しかし私には、これらに共通する一つの方向性が見える。国家の論理を優先し、市民の自由や多様性よりも秩序と権威を重視する方向性である。
なかでも、改正皇室典範には強烈な違和感を覚える。
今回の改正では、女性皇族が結婚後も皇族の身分を維持できることや、旧宮家の男系男子を養子として皇室に迎えることなどが盛り込まれた。政府は皇族数の確保を目的としていると説明している。しかし、肝心の皇位継承制度については男系男子を前提とする考え方が維持された。
私はここに大きな矛盾を感じる。
日本国憲法は、天皇の地位について「主権の存する日本国民の総意に基く」と定めている。国民の総意に基づく存在であるならば、その地位に就く資格を事実上男性に限定する制度を、なぜ当然の前提として維持し続けるのだろうか。
歴史をみれば、日本には女性天皇が存在した。これは誰もが知る事実である。ところが2026年の日本は、人口減少、国際化、多様性という時代の課題に向き合いながらも、皇位継承だけは依然として男性中心の論理から抜け出せない。
これは伝統の問題だけではない。国際社会へのメッセージの問題でもある。
欧州の王室の多くはすでに男女を問わない王位継承制度へ移行している。世界の流れがそうである以上、日本だけが男性資格を維持する姿勢は、「男女平等について独特な価値観を持つ国」という印象を与えることになるだろう。
もちろん各国にはそれぞれの歴史がある。しかし、歴史を守ることと、歴史を理由に変化を拒絶することは違う。
むしろ歴史とは、時代ごとの知恵によって少しずつ更新されてきたものではないか。
同時に気になるのは、同日に成立した国旗損壊罪法と改正刑事訴訟法である。
国旗損壊罪法は国旗を公然と損壊した場合に刑事罰を科すものであり、改正刑事訴訟法は再審制度を戦後初めて本格的に見直す内容となっている。
支持する人もいるだろう。
だが私は、これらが同じ日に成立したことに象徴的な意味を感じる。
権威への敬意を法によって求める国家。検察や司法の運用権限が依然として大きな影響力を持つ国家。そして皇位継承において男性原則を維持する国家。
それぞれは別の話でありながら、「国家の側が強く、市民の側が弱い」という構図を連想させるのである。
もちろん法律が成立したからといって、ただちに自由が失われるわけではない。しかし、民主主義は、ある日突然壊れるものではない。
少しずつ、少しずつ、違和感に慣らされながら変質していく。
だからこそ私は声を上げたい。
今回成立した法案の是非そのもの以上に、「なぜ今の日本はこういう方向へ進もうとしているのか」を考えなければならない。
国民の総意とは何か。表現の自由とは何か。国家と個人の関係はどうあるべきなのか。
昨日成立した三つの法律は、それぞれ異なるテーマを扱っているようでいて、実は私たちに同じ問いを投げかけている。
私はその答えを、少なくとも今回の国会から見いだすことはできなかった。
残念ながら、むしろ逆である。
日本はまた一歩、グローバルスタンダードから距離を置き、市民よりも国家を優先する方向へ歩みを進めたように見えてならない。
それが私の率直な感想であり、強い違和感の正体でもある。
「朝日新聞デジタル」より



