【今日のタブチ】自分が評価しない人をあえて起用する理由は何か――ショウジョウバエが証明したドラマづくりの法則
東京新聞に興味深い記事が掲載されていた。
千葉大学大学院理学研究院の高橋佑磨教授らの研究グループが行ったショウジョウバエの研究である。記事によると、餌を積極的に探し回るタイプのハエだけを集めた群れや、危険を避けるため慎重に行動するタイプだけを集めた群れよりも、両方のタイプが混ざった群れのほうが良い結果を示したという。
餌探しでは成果を上げながら、同時に危険への警戒も保てたのである。研究者はこうした現象を「相乗効果」と説明している。
ショウジョウバエの世界にも個性があるらしい。積極的に動き回って餌を探すタイプもいれば、慎重で警戒心の強いタイプもいる。面白いのは、それぞれを別々に集めるより、両者を混ぜた集団のほうがうまく機能したことだ。
餌も見つけるし、危険にも気づく。一見すると正反対に見える性格同士が、結果として集団全体の力を高めていたのである。
この記事を読んでいて、私は最近よく耳にする多様性論とは少し違うことを考えた。
多様性は平等のために必要だとか、さまざまな価値観を認めるべきだとか、そうした話ではない。もっと実務的な話である。
なぜ異質な存在を組織に入れると、集団は強くなるのか。
なぜ新しいアイデアが生まれるのか。
その理由を、このショウジョウバエの実験はうまく説明しているように思えた。
私はドラマプロデューサーをしていた頃、キャスティングやスタッフィングであることを意識していた。
それは、自分の好みだけで人を集めないことだ。
キャスト選びでは、自分が好きな俳優だけで固めない。監督が気に入っている俳優だけにもならないようにする。時には別のプロデューサーが強く推す俳優を入れることもあった。
なかには、正直に言えば自分なら選ばない人もいた。スタッフ選びも同じである。過去に仕事をして「優秀だ」と感じた人ばかりを集めれば安心だ。意思疎通も早い。現場もスムーズに回る。
しかし、それを繰り返していると、組織は少しずつ均質化していく。
会議で出る意見も似てくる。企画の方向性も似てくる。結果として、誰も気づかないまま保守化が進んでいく。そのため私は、ときに自分があまり高く評価していなかった人や、仕事のスタイルが合わないと感じていた人をあえて入れることがあった。
もちろんリスクはある。本当に機能するか分からない。現場が混乱する可能性もある。しかし、そうした異質な存在が予想外の変化をもたらすことが少なくなかった。
「なぜそのやり方にこだわるのですか」
「別の見せ方ができるのではありませんか」
「それは業界の常識であって、視聴者の常識ではないのではありませんか」
そんな一言で、企画の方向が大きく変わることがある。内部の人間には当たり前になりすぎて見えなくなっていたものが、外から来た人には見えるのである。
そして、ここで重要なのは、「評価」というものが決して絶対ではないということだ。
私たちは人を評価するとき、客観的に判断しているつもりでいる。しかし実際には、自分との相性や過去の経験、自分が好む仕事のスタイルなど、多くの先入観の影響を受けている。
だから同じ人材でも、評価する人が変われば評価も変わる。あるプロデューサーには平凡に見える人が、別のプロデューサーには欠かせない存在に映ることもある。テレビの現場では珍しい話ではない。むしろ当たり前の話である。
逆に言えば、もし自分の評価だけを信じてチームを作れば、結果として自分と似た価値観の人間ばかりが集まることになる。
それは効率的かもしれない。だが、ショウジョウバエの研究が示しているように、効率性と集団の能力は必ずしも同じではない。この実験は、行動特性の異なる個体が混ざることで、単独の集団では到達できなかった成果が生まれることを証明している。
ドラマやテレビ番組の制作は、本質的に創造の仕事だ。これまで誰も見たことのないものをつくろうとしている。
そのとき必要なのは、同じ考え方の人間を集めることではない。
むしろ、自分とは違う評価軸を持つ人、自分なら採用しない人、自分が気づかない視点を持つ人を意図的に混ぜることではないだろうか。
異質な人材は摩擦を生む。会議も長くなる。意見も割れる。しかし、その摩擦こそが新しい発想の源泉になる。
振り返ってみると、私がプロデューサーとして行っていたことは、特別なマネジメント手法ではなかったのかもしれない。自然界ではショウジョウバエが、すでにそれを実践していたのである。
多様性とは、きれいごとのスローガンではない。組織を強くし、創造力を高め、限界を突破するための極めて実践的な知恵なのである。
「東京新聞デジタル」より


