【今日のタブチ】なぜNHKと民放は、一緒に“ひとつの番組”を作れないのか――「終戦の日」特番が並ぶたびに感じる違和感
15日は「終戦の日」。戦後81年を迎える今夏、テレビ、ラジオ各局は戦争と平和を考える特集番組を放送する。
NHKスペシャルはアニメとドキュメンタリーで伝える『白い旗 水木しげると硫黄島』。Eテレは『戦後81年 障害者の沖縄戦~忘れられた〝痛み〟を思う~』を放送するほか、『少女たちの戦争~読み継がれるクラス日誌~』『知られざる核危機 ハルペリン文書の警告』なども編成している。テレ東は『池上彰の戦争を考えるSP2026』、文化放送は戦後81年スペシャル『表現者たちの戦争~プロパガンダとプライド』を放送し、戦時下の歪められた表現をテーマに据える。
こうした取り組み自体は非常に意義深い。そのことを認めた上で、私はあえて言いたい。
なぜ、単独でしか企画ができないのか。
私はそこに違和感を感じている。
昨年の戦後80年には、TBSが「戦後80年プロジェクト つなぐ、つながる」を展開し、フジテレビも『ザ!戦後80年の映像遺産SP』を放送した。日本テレビやテレビ朝日系列もそれぞれ独自の戦後80年企画を数多く制作した。
しかし、それらはすべて各局ごとの取り組みだった。
もちろん、系列内での共同企画は存在する。NNNの「いまを、戦前にさせない」のようなプロジェクトはその代表例だ。
だが、私が不思議に思うのはそこではない。なぜNHKを含めた“オール放送界”でひとつの番組を作ろうとしないのか、ということだ。
いま放送が置かれている立場は、配信サービスの台頭によって年々微妙なものになりつつある。若い世代はテレビを持たず、ラジオを聴かず、YouTubeやNetflix、TikTokへ流れていく。放送業界は、かつてのような圧倒的な存在ではなくなった。
そんな時代だからこそ、NHKも民放もラジオ局も一緒になって番組を制作し、「放送文化とは何か」「放送が社会に果たす役割とは何か」を徹底的に問い直すべきではないのか。
そして、その旗振り役を担うのは本来NHKではないのか。民放も、それぞれの利害を追求している場合ではない。厳しい言い方になるが、このままでは放送は“オワコン”への道を進むだけだ。
私は常々、私立大学の生き残り策も大学同士の協働にあるのではないかと思っている。少子化が進むなか、各大学が自校の利益だけを追い求めていても限界がある。
放送も同じだ。
これまで独自に経営され、独自に企画を開発してきた局同士が、いまこそ協働できるかどうか。そこに未来があるのではないか。
だが、現実には、歴史も、プライドも、立場も、組織文化も違う。だから、実現しない。
しかし、だからこそ終戦の日なのである。
戦争の記憶を継承する。平和の大切さを伝える。その大義名分の前では、局の壁や系列の壁など、本来は取るに足らないもののはずだ。
終戦特番が並ぶたびに私は思う。
なぜ今年も、それぞれの局が別々に番組を作っているのだろうか。
もしNHK、民放テレビ、民放ラジオが総力を結集し、一つの戦後特番を制作したら何が生まれるのだろうか。
放送界が本当に危機感を持っているのなら、その答えをそろそろ示すべき時期に来ているのではないか。
NHK『白い旗 水木しげると硫黄島』公式HPより


