【今日のタブチ】脚本は挑戦状だ――倉本聰氏の訃報に思う「脚本の向こうにいる人間を見ろ」というメッセージ

脚本家の倉本聰氏が亡くなった。私は倉本氏と仕事をご一緒する機会はなかったが、倉本氏といえば、脚本を勝手に書き換えられるのを極端に嫌がるという逸話が有名だ。「私は筋書きを書いているんじゃない。人間を書いているんだ」と言ったという話もまことしやかに伝えられている。

だが、これは倉本氏に限ったことではない。そういったことが逸話になるということは、逆に言えば、いかに脚本を勝手に書き換える者が多いかということの表れでもある。

また、このエピソードは一人歩きをしているが、「まったく脚本を変えてはいけない」と言っているわけではない。脚本家によっては、セリフの「てにをは」を変えられるだけで嫌がる人もいると聞く。私も基本的には、脚本は勝手に書き換えるべきではない派だ。

要は、“リスペクト”の気持ちがあるかどうかだ。

私は、演者や監督の要望で、どうしても脚本を変更したい箇所が出てきたら、必ず脚本家の許諾を得るようにしていた。
もちろん、現場では変更が必要になることもある。俳優が実際にセリフを口にしてみると違和感が出ることもあるし、撮影条件や予算の都合で予定していた演出が難しくなることもある。だから私は、脚本を変えることそのものを否定するつもりはない。
だが、私がプロデューサーとして仕事をしていた頃は、まず脚本家に相談するのが当たり前だった。
なぜなら、その作品について最も深く考え、最も長い時間向き合っているのは脚本家だからだ。一本のセリフの裏には、その人物の性格や感情、人間関係、物語全体の流れに対する考察が積み重なっている。私はこれまで多くの脚本家や構成作家と仕事をしてきたが、優れた書き手ほど苦しみながら書いていた。何日も悩み、一つの言葉を選び抜き、「なぜこの人物はここでこう言うのか」を考え続けている。こちらが「そこまで考えていたのか」と驚かされることも少なくなかった。
現在ではパソコンで書かれた脚本が当たり前になったが、私がドラマ『破獄』でご一緒した池端俊策氏の脚本は手書きだった。達筆すぎて読むのに苦労したことを覚えている。しかし、その原稿を前にすると、一文字一文字に込められた執念のようなものも伝わってきた。脚本家というのは、それほどの思いで言葉を紡いでいる。そんな脚本を、現場の都合だけで簡単に書き換える気には私はなれなかった。

私は昔から、脚本や台本というのは、脚本家や構成作家と作り手との闘いの場だと思っている。
そこにはドラマもバラエティも関係ない。脚本家や構成作家は、ト書きやセリフを書きながら「どうだ、これを実現できるか」と現場に挑んでいる。それに対して現場は、「やってやろうじゃないか」と受けて立つ。私はそういう関係が理想だと思ってきた。
そう思うのには理由がある。昔、旅番組『いい旅・夢気分』を演出していた頃、構成作家の松原史明氏からこんなことを言われた。
「田淵、こんな絵が撮れるかどうか、そう思って書いてるからね」
私はこの言葉を今でもよく覚えている。構成作家は、ただ台本を書いているのではない。現場に対して挑戦状を叩きつけているのだ。
「この場面を本当に映像にできるか」「この感動を本当に視聴者に届けられるか」
そんな思いを込めて書いている。
だから現場も、「難しいから変えよう」ではなく、「どうやったら実現できるか」をまず考えるべきなのだと思う。実現が難しいからといって現場が勝手にセリフや演出を変えてしまうのは違う。それは闘う前から負けを認めるようなものだ。
もちろん、予算やスケジュールの制約でどうしても実現できないことはある。そのときは正面から脚本家や構成作家に相談すればいい。「ここは難しい。別の形にできないか」と申し出ればいいのだ。

だが、現場でこっそり変えるのは姑息である。

書き手には書き手のプライドがある。作り手には作り手のプライドがある。そのぶつかり合いの中から良い作品は生まれる。
最近の若い監督やプロデューサーは、脚本を都合よく変えることに抵抗がないように見えることがある。だが、映像も脚本も何もないところから生み出される創作物だ。ゼロをイチにする作業には膨大な時間と労力が費やされている。その苦労を知っていれば、そう簡単に手を加えられるものではない。

思えば、2年前に『セクシー田中さん』改変問題というのがあった。ドラマ化に際して原作を大きく改変されたとして、原作者の芦原妃名子氏が抗議を重ね、その後亡くなるという痛ましい出来事だった。
もちろん、映像化にあたって原作を一切変えずにドラマや映画にすることは難しい。映像には映像の論理がある。だから繰り返しになるが、私は改変そのものを否定するつもりはない。
しかし、あの問題で多くの人が感じたのは、改変されたことそのものではなく、その過程で原作者へのリスペクトが十分にあったのかということではなかったか。
原作の向こうには原作者がいる。脚本の向こうには脚本家がいる。作品というのは、突然どこからか降ってくるものではない。誰かが悩み、苦しみ、時間を費やして生み出したものだ。
倉本氏のエピソードが教えてくれているのは、脚本を書き換えることの是非ではない。脚本の向こうにいる人間を見ろ、ということだ。
そして、その人が費やした時間や労力、創作への執念に敬意を払え、ということなのだと思う。

脚本家や構成作家の挑戦状を受けて立つ、そんな気概が現場にはあってほしい。そう願っている。

Voicyでは、池端俊策氏や松原史明氏といった人生の師たちから受けた教えや私の経験について話しています。ぜひお聞きください!
#062 倉本聰氏の訃報で思い出した、偉大な先輩たちの「挑戦状」
https://voicy.jp/channel/1027821/8249689

「産経ニュースデジタル」より

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