【今日のタブチ】恋愛小説が苦手な私がなぜ、のめり込んだのか?――水野梓著『ランズエンド この世の涯て』が描く“無償の愛”のゆくえ

水野梓氏の『ランズエンド この世の涯て』を読んだ。

正直、私は恋愛小説が苦手だ。
最初は、辻仁成氏の作品世界にあるような、ヨーロッパのおしゃれな男女の恋愛物語かと思っていた。だが、そうではなかった。まず、その“いい意味での”裏切りに心を奪われた。

一言でいえば、この作品の核心は“無償の愛”だ。

それは男女の間であろうと、親子であろうと関係ない。本作で描かれているのは、見返りを求めない人と人との結びつきであり、その普遍的なテーマが物語全体を貫いている。
そして本作で私が注目した特徴は、何と言っても著者自身のロンドン在住経験に裏付けられているということだ。
著者の水野氏はテレビ制作者出身であるからこそ、その強みを十分に理解し、作品に生かし切っている。テレビ番組も同じだ。作り手自身の経験や実感が反映されたほうが、リアリティー信憑性も高まる。
例えば、主人公の凪がロンドンの街で人々と交わる様子は実にリアルだ。これはまさしく著者自身が生活の中で見聞きし、体験してきたものなのだろう。
「カウンシル・フラット」と呼ばれる低所得者向け公営住宅の描写も見事なまでに豊かである。単なる異国情緒ではなく、その社会の空気感や人々の暮らしぶりまで伝わってくる。
また、女性が現場の第一線で働く厳しさや、キャリア形成の難しさも容赦なく描かれる。それらは、作中に登場する「銀行員はドンドン、バカになっている」という印象的な言葉とも相まって、自戒を含んだ現代の仕事観や組織社会へのアンチテーゼのようにも感じられた。

第一線の記者であった水野氏ならではの描写も特筆すべき点だ。
パレスチナ問題なども作品の背景として登場するが、単なる社会問題の紹介に終わらず、登場人物の人生と結び付けて描いている点が印象的だった。特定の立場に寄り掛かることなく、複雑な現実を複雑なまま描こうとする姿勢が見える。そのあたりが、水野梓という書き手の強みであると確信した。そしてそのことで、本書を彼女にしか書けない“オンリーワン”の作品にしている。
タイトルにもなっているイングランド西端の地“ランズエンド”。それは人生の成れの果てを意味する暗い場所ではない。むしろ人生の豊かさ、生きがい、そして人は最後まで何が起こるかわからないという“不確実さ”を象徴する場所として描かれているように思えた。

人生は計画通りには進まない。だからこそ面白い。
私は、本作の作者である水野氏がこれからどこへ向かうのか、その“行く先”を見てみたいと思った。

【今日のタブチ】恋愛小説が苦手な私がなぜ、のめり込んだのか?――水野梓著『ランズエンド この世の涯て』が描く“無償の愛”のゆくえ” に対して2件のコメントがあります。

  1. 出口勇人 より:

    「人生は計画通りにはいかない。だからこそ面白い」
    いいコメントだ。老兵の私も心にムチを打つものだ。ありがとう!

    1. 田淵 俊彦 より:

      出口様
      コメントありがとうございます。
      まだまだ私もその域に達するのには時間がかかりそうですが・・・。
      田淵

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