【今日のタブチ】生月島で判明した衝撃の事実――かくれキリシタン儀式の継承者は、わずか4人だった
昨日のブログの続きである。
生月島の博物館・島の博物館の中園成生館長にお会いしてきた。
かくれキリシタン研究の大御所でもあられるので、お叱りを受けるのかと正直、少しドキドキしていたが、にこやかに出迎えてくださった。電話ではどこか後ろ向きな印象を受けていた。その理由は会ってすぐ
中園館長は私に対して「申し訳ない」という思いを抱いておられたのだ。
「あと数年早ければ、いろいろ撮れたと思います」
残念な言葉ではあるが、まだ方法はある。聞けば、かくれ信仰が盛んだった壱部、堺目、元触、山田のうち、壱部には4名の儀式ができるかくれキリシタン信者が残っているという。公式には小組は解散したが、一部では各家庭で儀式を行っている。しかも、4名のうち3名はオラショを唱えることができる“ゴショウ人”であり、1名は御神体を祀る“津元”の“親父役”だという。
ならばなおさら、その津元の家で儀式を再現していただきたい。そして映像として記録したい。私は強くそう思った。
そして次回、11月に開催される予定のオラショの講演会の際に、私は自ら出向き、直接交渉をすることになった。もちろん、その段取りを組んでくれるのは中園館長である。ありがたいことだ。
生月島では、わずか4名となったかくれキリシタン儀式の継承者たち。日本にしかない貴重な宗教文化を少しでも映像化して残したい。そして若者たちを含め、一人でも多くの人たちに、このかくれキリシタンの存在を知ってもらいたい。
それが私にとっての「かくれキリシタンの未来」を模索する試みだと信じている。
中園館長と別れ、島のなかの聖地を車で巡る。洗礼名ガスパルが処刑された場所や、信者が殉教した場所である。ガスパルの碑が建つ場所からは、信者が聖水を取りに行く中江ノ島が拝めるが、今日は雨に煙って霞んでいる。
それらの聖地を回っていて、「ああ、こんな寂しい場所で処刑されたのか」とやるせない気持ちになった。当時のキリスト教弾圧の厳しさを改めて感じる。
しかし、私の頭の中にあったのは過去の出来事だけではない。
中園館長から伺った現在の生月島の現状である。
儀式を継承し、オラショを唱えることのできる人々は、今やごく限られた存在になっている。だからこそ、その姿や声、そして信仰を支えてきた人々の思いを映像として記録しておきたい。
もちろん、私一人でできることには限界がある。それでも、中園館長のご協力をいただきながら、一歩ずつ前へ進みたいと思う。
11月、再び生月島を訪れる予定だ。
「かくれキリシタンの未来」を考える私のフィールドワークは、ここからが本番である。
Voicyでも今日のリアルな体験を生月島から中継でお話しています。
#037 「あと数年早ければ・・・」生月島で知った衝撃の事実。かくれキリシタン儀式の継承者は、たった4人だった
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