【今日のタブチ】1800キロを飛び続けるフクロウの羽音が鳴らす――「人間は進化の頂点」という傲慢への警鐘
仙台市周辺に生息するフクロウの仲間、アオバズクについて驚くべき研究成果が発表された。
東北大学の研究チームがGPSで追跡したところ、アオバズクは秋の渡りの際、鹿児島県の佐多岬からフィリピン・ルソン島まで約1848キロもの海上を、昼夜を問わず休まず飛行していたことが確認された。これは夜行性鳥類の海上移動として世界最長級の記録だという。
研究によれば、その飛行時間は約36時間だった。
36時間。つまり一日半である。
途中で休憩する場所はない。水を飲むこともない。食事をすることもない。ひたすら羽ばたき続ける。しかも、大型の渡り鳥ではない。体重わずか200グラム前後の小さなフクロウである。
このニュースを読んで私は、アオバズクの能力そのものよりも、別のことに強い衝撃を受けた。
人類は科学の発展や技術の進歩をあまりにも信じ過ぎているのではないか、ということである。
もちろん私は科学を否定するつもりはない。むしろ今回の発見そのものがGPS技術によって実現した。科学の価値は疑いようがない。しかし問題は、その科学技術の発展が、人類に「自然を理解し尽くした」「自然を制御できる」という錯覚を生み出していないかということだ。
その錯覚はこれまで何度も打ち砕かれてきた。
東日本大震災では、世界有数の防災技術を持つ日本でさえ巨大津波の前に「想定外」という言葉を繰り返した。新型コロナウイルスでは、医療技術が飛躍的に進歩した現代社会が数年にわたって混乱した。能登半島地震でも、私たちは改めて自然の前での人間の限界を思い知らされた。
技術は被害を軽減できる。しかし、自然そのものを支配することはできない。
今回のアオバズクの研究も、実は同じことを語っているように思える。
人類は人工知能を開発した。宇宙へ探査機を送り込んだ。スーパーコンピューターをつくった。
しかし、その一方で、仙台の森にいる小さなフクロウが毎年どこへ行き、どうやって海を渡っているのかすら、私たちは最近まで知らなかったのである。
人類もまた、自然を頼りに大海原を渡る技術を持っていた。
太陽や星、風や波を読みながら航海する「スターナビゲーション」は、人類史が生んだ偉大な知恵の一つである。GPSなど存在しない時代、航海者たちは自然現象だけを手掛かりに数千キロの海を渡った。その能力には素直に敬意を抱く。
しかし、今回のアオバズクのニュースを知ると、もう一つの驚きに気付かされる。
スターナビゲーションによる航海では、潮の流れが穏やかなときや風向きが安定しているときには、少なくとも櫂を休めたり身体を横たえたりすることができる。だが、アオバズクにはそれが許されない。
羽ばたきを止めれば海に落ちる。海上に休憩所はない。約36時間、昼も夜も飛び続けながら風を読み、自らの位置を把握し、1800キロ先の目的地へ向かう。それは人類が誇る古代航海術にも匹敵する、いや、ある意味ではそれ以上に“気の抜けない”過酷な挑戦と言えるのではないだろうか。さらに驚くべきことに、アオバズクはこうした飛行を本能だけを頼りに行っている。
人類が衛星や気象観測網によって得ている情報を、彼らは自らの感覚によって読み取っているのである。それでも最適な風を待ち、1800キロ先の目的地へ向かい、翌年には再び日本へ戻ってくる。研究者は、長距離飛行の前に数日間とどまり、気象条件を見極めていた可能性も指摘している。
考えてみれば、こうした例はアオバズクだけではない。
ウミガメは数十年後でも生まれた海岸へ戻ってくる。渡り鳥の中には数千キロから一万キロ以上を移動する種もいる。クマムシは極限環境でも生存できることで知られている。人類はそれらの仕組みを研究し、少しずつ解明しようとしているが、自然は私たちが理解するよりはるか以前から、その能力を実装していた。
さらに考えさせられるのは、地球規模の異変が起きたとき、生き残るのは人類なのか、それとも野生動物たちなのか。
人類は文明を発展させた。しかし、文明が失われたとき、人類はどこまで生きていけるのだろうか。
電気が止まればどうなるか。通信網が失われたらどうなるか。物流が途絶えればどうなるか。現代社会はあっという間に機能不全に陥る。
一方でアオバズクは違う。
電気もない。通信網もない。物流もない。だが、それでも毎年数千キロを移動し、生き延びている。
生命としての完成度という意味では、私たちよりはるかに強い存在なのかもしれない。アオバズクの1800キロ飛行は、その厳然たる事実を私たちに見せつけているように思える。
今回の研究はフクロウの生態を解明した成果として高く評価されるべきだろう。しかし、私には、それ以上の意味を持つニュースに思えた。それは科学万能主義への警鐘である。
科学は人類を豊かにする。だが科学が人類を万能にするわけではない。むしろ科学が発展すればするほど、私たちは自然への畏敬の念を失ってはならないのではないか。
仙台の森で静かに鳴いている一羽の小さなフクロウ。その体の中には、いまだ人類が十分に理解し切れていない生命の力が宿っている。そしてその事実は、私たちに静かな問いを投げかけている。
本当に進化しているのは私たちなのか。それとも、36時間休むことなく海を飛び続け、毎年1万キロ近い旅を繰り返している小さなフクロウの方なのか。
アオバズクの羽音は、「人間は進化の頂点である」という私たちの思い込みに対して、静かだが重い警鐘を鳴らしているように聞こえるのだ。
「TBS NEWS DIG」より


