【今日のタブチ】なぜ芸術家たちは戦争のプロパガンダに加担したのか――「国策落語」が映し出す“不都合な真実”
新聞で二代目林家三平氏の「つなぐ2026年 戦後81年」というコラムを読んだ。戦時中、戦意高揚を目的に作られた「国策落語」というものがあったという。当時の国策を宣伝するためのプロパガンダだ。三平氏は、祖父の七代目林家正蔵氏が創作した国策落語を復活させ、各地で口演している。もちろん、「国策落語」の普及のためではない。戦争を繰り返さないために、「過去から学ばなければならない」と考えているからだ。
国策落語とは、戦時中に情報局や軍部などの意向を受け、国民の戦意高揚や銃後動員を目的として創作・上演された落語である。本来、人々を楽しませる芸能である落語が、いつしか戦争遂行のための宣伝手段として利用されるようになった。人気噺家たちは全国を巡業し、「お国のために尽くそう」というメッセージを笑いとともに届けていた。
国策落語には、外地向けと内地向けがあった。前者は、手柄を立てると待っている家族が喜ぶ、だから頑張ってというもの。後者は、頑張っている兵隊さんのためにも献金したり、鉄を供出したりしましょうというもの。芸術家であるはずの噺家が国のプロパガンダを広める役割になってしまっていた。恐ろしいことであると同時に、悲しいことだ。
三平氏が、祖父がなぜそんなことを引き受けたのかという理由を推察するくだりが印象的だった。それは三平氏の父の存在だった。親だから息子を生かしたい。生かすためにはどうするか。軍部の意向を忖度するしかない。戦争に行かせたくない。もし行っても、内地勤務にさせたい。そんな気持ちがあったのではないかと語っている。
もしそうだとしたら、親心を利用する下劣な手段だ。
映画『開戦前夜』でも、シミュレーション会議で軍部にたてつく発言をした者が戦場の最前線に送られるというシーンがあった。異論を許さず、従順な態度を求める。そうした空気が社会全体を支配していたのだろう。
ほかにも戦時中には、芸術家や小説家が国のプロパガンダに加担するよう強いられていた例がある。
画家の藤田嗣治氏は『アッツ島玉砕』をはじめとする戦争画を描き、それらは戦意高揚の象徴として扱われた。作家たちも「ペン部隊」として前線へ派遣され、戦争を肯定的に描く記事の執筆を求められた。新聞各紙やラジオも軍部の統制下に置かれ、大本営発表をそのまま伝える役割を担った。
私が恐ろしいと思うのは、こうした出来事が特別な悪人によって引き起こされたわけではないということだ。
落語家も画家も作家も新聞記者も、もともとは表現を仕事にしていた人たちだった。権力を監視したり、人々の心を豊かにしたりする立場にいた人たちである。しかし戦争という巨大な空気の中で、いつの間にか国策を支える側へと組み込まれていった。
そこには恐怖もあっただろう。生活もあっただろう。そして家族を守りたいという切実な思いもあったはずだ。
だからこれは、昔の人たちだけの問題ではない。現在の私たちにも通じる問題なのだ。
もちろん、現代の日本は戦時下ではない。軍部が新聞記事を検閲し、落語家や小説家に露骨なプロパガンダを命じる時代でもない。
しかし、だからといってメディアコントロールがなくなったわけではない。現代では、より巧妙で見えにくい形で行われている。
政府や企業は、都合のよい情報を積極的に発信する一方で、不都合な情報にはできるだけ光が当たらないようにする。記者会見の参加者を限定したり、情報提供の相手を選別したりする。メディア側も、取材先との関係を失いたくないために、踏み込んだ批判を控えることがある。
また、SNSの普及によって状況はさらに複雑になった。国家が統制しなくても、アルゴリズムによって似た意見ばかりが表示され、自分と異なる考えに触れにくくなる。いつの間にか、自分が見たい情報だけを見て、それ以外を排除する環境ができあがってしまう。
戦時中の国策落語は「国のために戦おう」と直接語りかけた。現在のメディアコントロールは、それほど単純ではない。しかし、特定の方向へ世論を誘導しようとする力が存在するという点では共通している。
私たちが警戒しなければならないのは、権力そのものだけではない。「みんながそう言っている」「テレビで言っていた」「SNSで拡散されている」といった空気の力である。戦時中の人々もまた、その空気の中で判断を誤ったのではないだろうか。
戦時中の国策落語を笑うのは簡単だ。しかし本当に笑われるべきなのは、過去から何も学ばず、「自分だけは騙されない」と思い込んでいる私たちなのかもしれない。
国策落語は歴史になった。だが、人々を誘導しようとする力と、それに流される人間の弱さは、今も変わっていないのである。
「朝日新聞デジタル」より


