【今日のタブチ】「想像力と経験値」の“ビミョーな”関係――新聞の片隅から、まだ知らない場所へ向かう地図はこうして広がっていく
前職でテレビの仕事をしていたころ、新聞を読むときも無意識に“ネタ”を探していた。面白そうな話題はないか、ドラマのテーマに使えそうな出来事はないか、フォーカスを当てると画になりそうな人物はいないか。そんなふうに、毎日どこか目を光らせていた。
その習慣はいまも抜けない。新聞を読んでいて、知らない言葉や聞き慣れない事柄に出会うと、少し立ち止まって調べてみたくなる。奇特な経験をした人の話や、少し風変わりな仕事の存在を知ると、「ドラマにするとしたらどう脚色するか」「演じるとしたら誰が合うだろうか」などと、勝手に頭がそちらへ動いてしまう。
今朝の新聞にも、そんな“引っかかる”言葉や出来事が二つあった。
ひとつ目は、「スジ屋」という言葉だ。鉄道会社で時刻表のダイヤを作る担当者は、縦軸と横軸に時刻をとったグラフの上に、定規と鉛筆で列車の動きを示す斜線を引いていく。その線を「スジ」と呼ぶことから、そうした作業に携わる人を「スジ屋」と呼ぶのだという。
いまも最終的な判断は人の経験と勘に委ねられている世界らしく、そこに妙に惹かれた。
作家の西村京太郎氏は、時刻表を巧みに使ったトラベルミステリーで知られている。列車のダイヤの裏をかく完全犯罪を描いた作品も多い。そんな犯罪を構想できるのは、スジ屋くらいのものではないか――などと、不謹慎な想像が頭をよぎる。
もしドラマにするなら、沈着冷静で感情を表に出さない人物がいい。神木隆之介氏あたりが演じたら、静かな復讐譚として成立するのではないか、などと、話はどんどん広がっていく。
もうひとつ気になったのは、「コントロールド・デリバリー」という言葉だ。配達物を途中で止めず、あえて監視下で輸送・配達させ(泳がせ)、受取人や背後関係を突き止める捜査手法だという。
手法そのものよりも、私の関心を引いたのは、それを担う捜査員の存在だった。なかなか根気のいる仕事だと思ったからだ。何千、何万とある荷物の中から、目的のものを見失わずに追い続ける集中力。運送業者との微妙な距離感や連携。おそらく、表に出ることのない特殊な技能が積み重なっているのだろう。
その人たちは、日ごろどんな訓練を重ねているのだろうか。そんなことまで想像が及んでしまう。
こうして新聞記事を読みながら勝手に想像をふくらませていると、昨日の授業で学生たちに話したことを思い出した。私は教育の場で、よく「想像力と経験値」の話をする。
社会に出れば、人の頭の中には経験が少しずつ蓄積されていく。トラブルや判断を迫られる場面に遭遇すると、人は無意識のうちに、「過去の経験」という引き出しを開け、そこに照らし合わせて物事を決めようとする。
一方で、若い学生たちには、その引き出しがまだ多くない。しかし、彼らには想像力という強い武器がある。
しかも、経験はときにその想像力の邪魔をする。たとえば、犬にかまれた経験のある人は、次に犬を前にしたとき、条件反射的に距離をとるだろう。それは合理的な判断でもあるが、その分だけ、別の可能性を阻害してしまう可能性がある。思い切ってバットを振れない、などの例だ。
だからこそ私は、想像力は意識して使い、磨き続ける必要があると話す。放っておくと、経験に押し負けて、いつの間にか痩せ細ってしまうからだ。
新聞の紙面にあるのは、出来事や事実だけではない。そこには、人の仕事や思考、時間の使い方が折り重なっている。そういった世界に分け入っていくと、私の「想像の地図」は、いまも無限大に広がっていくのだった。
「伊藤壮吾の鉄道チャンネル」より
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