【今日のタブチ】キオクシアがトヨタを超えた時代に読むべき一冊――大鹿靖明著『半導体 尖端覇権の興亡』が暴く日本半導体“敗北”のワケ

今朝の毎日新聞の書評欄で紹介したのは、大鹿靖明氏の『半導体 尖端覇権の興亡』(講談社)である。

キオクシアが時価総額でトヨタを上回った――。
AIブームを象徴するこのニュースを目にした時、私はどこか胸の奥にざわつきを覚えた。
日本の半導体業界が世界経済の中心に躍り出たことへの驚きだけではない。
かつて「電子立国」と呼ばれた日本が、なぜこの分野で主役の座を失ったのか
そして、そんな敗者であるはずの日本の半導体企業キオクシアがなぜこんなにも好調なのか
そんな疑問の答えを探すために、私はこの本を手に取った。

本書は単なる産業史ではない。半導体・エレクトロニクス業界を約30年にわたり取材してきた著者だからこそ描ける圧倒的な取材力と執念。ソニー、シャープ、東芝、エルピーダ、ラピダス、そしてエヌビディアやTSMCまでを巻き込んだ壮大なドラマを、まるで戦国史を読むかのような生々しさで描き出している。

そして何より強く感じたのは、大鹿氏の「事実にたどり着くまで決して引き下がらない覚悟」だった。同じメディアに身を置いてきた者として、その重みは痛いほど伝わってくる。

本書が抉り出すのは、日本半導体産業の敗北の背景にある構造的な問題だ。メーカー支援に偏った政策。官庁の縄張り意識。横並びを良しとする文化。責任の所在が曖昧な意思決定。それらが積み重なり、日本企業の競争力を少しずつ削いでいった。一方でアメリカは資金面と税制面の両方から戦略的に産業育成を進めてきた。この差が決定的だったことが、本書を読むとよく分かる。
特に印象的だったのは、産業の凋落を経験した日本が、ようやく経済安全保障に目を向け、半導体を再評価し始める過程である。そこで登場するのが、日の丸半導体復活の象徴として期待を集めるラピダスだ。

しかし本書は、その期待に安易には乗らない。
著者は「誰が買うのか」という極めて本質的な問いを投げかける。どれほど技術が優れていても、市場という裏付けがなければ事業は成立しない。成果も責任も曖昧なまま、巨額の公的資金だけが投入される構図に対して、大鹿氏は「航空母艦が必要な時代に戦艦大和を建造するようなものだ」と表現する。
非常に厳しい指摘だが、だからこそ考えさせられる。

私は本書を読みながら、かつて見た日本企業復活論や国家プロジェクト礼賛の数々を思い出していた。そして現在のAIブームにも、どこか似た構図が繰り返されているように感じた。
技術そのものへの期待は重要だ。しかし本当に問われるべきなのは、その技術を誰が必要とし、どの市場で、どのように競争力へと結び付けるのかという点ではないか。
『半導体 尖端覇権の興亡』は、単なる半導体本ではない。
日本がなぜ勝てなくなったのか。そして今後どこへ向かうべきなのか。
その問いを真正面から突きつける一冊である。AI時代の今だからこそ、多くの人に読んでほしいと思う。
毎日新聞書評欄☛https://mainichi.jp/articles/20260718/ddm/015/070/012000c

「毎日新聞デジタル」より

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です