【今日のタブチ】「富山高山すし空港」は本当に地元民が誇れるのか――何でもありの空港ネーミングに警鐘を鳴らす

富山県が富山空港の新しい愛称として「富山高山すし空港」を発表した。岐阜県高山市の「高山」と、富山の観光資源である「すし」を組み合わせた名称で、インバウンド需要の取り込みを狙うという。
報道を見る限り、利用者減少が続く地方空港の現状を踏まえた苦肉の策なのだろう。外国人観光客に分かりやすく、富山と高山を一体的な観光エリアとしてアピールしたいという狙いも理解できる。

しかし私は、この愛称に強い違和感を覚えた。

それは名前のセンスの問題ではない。もっと根本的な、「地域の誇り」の問題である。
空港名は観光キャンペーンのキャッチコピーではない。自治体が一年ごとに変えるイベントのスローガンでもない。その土地の玄関口として長年使われ、多くの人々の記憶に刻まれる地域の顔である。
だからこそ、一時的な話題づくりや流行に左右されるべきではない。
今回の名称は、「高山」と「すし」という外国人に分かりやすいキーワードを並べたものだ。確かに海外の人には伝わりやすいかもしれない。しかし、その名前を地元の人は心から誇れるのだろうか。
私はそこが気になる。

富山県の空港なのに、なぜ岐阜県の地名を借りなければならないのか。
もちろん高山市は人気観光地であり、富山空港の利用者も高山方面へ向かうことが少なくないのだろう。だが、それは利用実態の話であって、地域のアイデンティティの話とは別である。
もし知名度が高いからという理由で他県の名前を取り込むことが認められるなら、今後は何でもありになってしまう。
外国人が知っている観光地を付ける。外国人が好きそうな食べ物を付ける。話題になりそうな言葉を並べる。
その場その場の思いつきで看板を作り替える
そんな発想が広がれば、地域固有の名前が持つ意味はどんどん薄れていく。
私が最も懸念するのは、この愛称が長続きするように思えないことだ。

知事が代わる。観光戦略が変わる。インバウンドの流行が変わる。そうなれば、また別の愛称が提案されるかもしれない。
しかし、本当に価値のある名前とは、トップが代わっても受け継がれるものである。地域住民が愛着を持ち、子どもたちが自然に受け入れ、何十年も使われ続けるものである。
そうした名前は行政が与えるものではない。地域の歴史や文化、人々の思いの中で育っていくものだ。

地方創生という言葉が叫ばれて久しい。だが地方創生とは、本来、自分たちの地域資源に誇りを持ち、その魅力を磨いて発信することではなかったか。
他地域のブランドに相乗りすることでもなければ、有名な言葉を借りて注目を集めることでもない。
地元の人が「これが私たちの空港だ」と胸を張れる。そんな名称こそが、本当の地域ブランドになる。
外国人観光客に分かりやすいことも大切だろう。利用者を増やす努力も必要だろう。しかし、それ以上に大切なのは、その土地に住む人々の心に根付く名前かどうかである。
空港は観光客だけのものではない。まずは地元の人のものである。

だからこそ私は、「富山高山すし空港」という愛称に、地方のプライドが少し見えにくくなっていることを残念に思う。

地域の顔となる名前だからこそ、流行ではなく矜持を語ってほしい。

「プレスリリースジェイピー」より

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