【今日のタブチ】ロンドン・マラソンで超えた「2時間」の壁――ケニア・マサイマラで出会った少年を思い出す

ロンドン・マラソンで、ケニアセバスチャン・サウェ選手が1時間59分30秒という世界記録を出した。
ついに、マラソンが公式レースの場で「2時間」を切った。
このニュースに触れた瞬間、理屈抜きで「すごい」と思った。人間は、まだこんなことができるのか、と。
不可能だと言われ続けてきた壁に、ようやく指先が触れた、いや、突き破った瞬間を私たちは見たのだと思う。
マラソンというのは、42.195キロをひたすら自分の身体だけで運び続ける競技だ。
そこに余計な装飾はない。逃げ場もない。
だからこそ、2時間を切るという数字には、人間がどこまで自分を信じられるか、という問いまで含まれているように感じる。

ケニア、マラソン、と聞いて、私には忘れられない記憶がある。
マサイマラ国立公園に、ドキュメンタリーの取材で行ったときのことだ。
同行した山中ディレクターは、どんな過酷なロケ地でも、毎朝マラソンを欠かさない人だった。
ある朝、いつものように走りに出ようとすると、現地のガイドが慌てて彼を引き止めた。
「危険だ。途中でライオンや猛獣に出会うかもしれない」
走っているものを見ると、動物は獲物だと思って追ってくるのだという。
ガイドは少し考えてから、「彼を連れて行きなさい」と言い、ひとりのマサイ族の少年を呼んだ。
細く引き締まった身体、手には槍。そして足元は——裸足だった。
私は、そのことにとても驚いた記憶がある。

セバスチャン・サウェ選手がマサイ族かどうかはわからない。
ただ、ゴール後、彼が「この靴のおかげだ」と言ってシューズを手に微笑んでいた姿が、妙に印象に残っている。
最近の陸上界では、いわゆる厚底シューズが当たり前になった。
反発力の高い素材を使い、脚への負担を減らしながらスピードを引き出す。
だが、あれは魔法の道具ではない。

反発力が強すぎれば身体は壊れるし、軽くしすぎれば安定性を失う
何百人ものランナーに走らせ、故障のデータを集め、ミリ単位の調整を何年も続ける。
記録が0.1秒縮むかどうかの世界で、研究者や開発者は、ほとんど誰にも知られない時間を積み重ねている。
サウェ選手が履いていた一足の向こう側には、そうした人たちの失敗と修正と忍耐がある。

あの朝、マサイの少年は何も語らず、ただ山中ディレクターの横を走った。
彼は表彰台に立つこともないし、名前が記事に残ることもない。
だが、あの静かな警護があったから、ロケは無事に進んだ。

ロンドンで1時間59分30秒という数字を刻んだ歴史的瞬間の背後にも、同じように名前を知られない人たちがいる。
研究室で、工房で、トラックの脇で、世界新記録の可能性を信じ続けてきた人たちだ。

人類は、一人で限界を超えるわけではない。
見えないところに立つ無数の人間に支えられて、ようやく一歩だけ前に進む
42.195キロとは、そういう距離なのだと思う。

「ロイター=共同」より

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