【今日のタブチ】人類最大の勘違い? 私たちは何ひとつ作っていないのかもしれない

今朝、ふと思った。
鉄は人間が作ったものなのだろうか。
鉄鉱石はもともと地球上にあった。人間はそれを掘り出し、熱を加え、形を変えただけだ。
では金はどうか。銀はどうか。銅はどうか。どれも人間がゼロから生み出したわけではない。
プラスチックだってそうだ。原料となる石油は自然界に存在していた。ガラスも砂から作られる。コンクリートも石灰石や砂利が材料だ。
スマートフォンも同じである。鉄、アルミニウム、銅、シリコン、リチウムなど、もともと地球上に存在していた物質を組み合わせているに過ぎない。
そう考えていくと、少し不思議な気持ちになる。
私たちは「人類はさまざまなものを発明してきた」と教わる。
確かに飛行機を発明した。コンピューターを発明した。インターネットを発明した。AIを発明した。
しかし、本当にそうなのだろうか。
飛行機は空気の流れという自然法則を利用している。コンピューターは電気の性質を利用している。AIは半導体と数学の上に成り立っている。
つまり人類は何かを無から生み出したのではなく、もともと存在していた自然の法則や物質を組み合わせて利用しているだけとも言える。
人類は創造者ではなく、編集者なのかもしれない。
地球という巨大な素材集があり、その中から材料を発見し、新しい組み合わせを見つけているだけなのである。

では、人間は何も作っていないのだろうか。ここで私はひとつの考えにたどり着いた。
人間が本当に作り出したものがあるとすれば、それは「概念」ではないかということだ。
お金は自然界には存在しない。国家も存在しない。会社も存在しない。株式会社も大学も法律も著作権も存在しない。
紙幣そのものは紙だが、その紙に価値があると信じるという仕組みは人間の頭の中にしか存在しない。国家も地図上に線が引いてあるだけで、宇宙から見れば国境線など見えない。会社も建物ではない。社員全員が入れ替わっても会社は存在し続ける。つまり会社とは物体ではなく概念なのである。
私たちの社会は、このような概念によって成り立っている。そして人間は、その概念を共有することができる。

知らない人同士が同じ紙幣を価値あるものと信じる。同じ法律に従う。同じ国民であると認識する。この能力こそが人間を人間たらしめている特徴なのかもしれない。
犬や猫は会社を作らない。サルも株式会社を設立しない。しかし、人間だけは存在しないものを頭の中で生み出し、それを他人と共有し、社会の仕組みにまで発展させる。
もしそうだとすれば、人類最大の発明は飛行機でもインターネットでもAIでもない。
「概念を作る力」そのものなのかもしれない。

今、私たちの周囲にある文明のほとんどは、自然界に存在していた物質と、人間が生み出した概念の掛け合わせでできている。
鉄は自然のものだ。電気も自然のものだ。しかし鉄道という概念は人間が作った。
シリコンは自然のものだ。電気も自然のものだ。しかしインターネットという概念は人間が作った。
そう考えると、人類の歴史とは物質を作る歴史ではなく、概念を積み上げる歴史だったのかもしれない。

今朝のコーヒーを飲みながら、そんなことを考えた。
私たちは「発明している」のではなく、「発見している」のか。あるいは自然界に存在するものを「編集している」のか。

それとも、人類が唯一ゼロから作り出したものは、やはり概念なのだろうか。

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