【今日のタブチ】AIは人から“声”まで奪うのか――津田健次郎氏の判決が示した不穏な未来
先日、人気声優の津田健次郎氏をめぐる裁判の判決が話題になった。
生成AIによって自身の声を模倣した動画が動画共有アプリ「TikTok」に数多く投稿されているとして、動画の削除を求めた裁判で、津田健次郎さん側の請求自体は退けられたものの、東京地裁は「声」についてもパブリシティ権による保護の対象になり得るという初めての判断を示した。裁判所は、著名人の声も肖像と同様に人格の象徴であり、顧客吸引力を持つ場合には保護されるべき対象であるとの考え方を示している。
このニュースを見て、多くの人は「人気声優の権利が認められてよかった」と感じたかもしれない。
しかし、私はこの判決が示した意味は、それだけではないと思う。これは、生成AI時代において、人間の個性とは何か、職人芸とは何かという根本的な問いを私たちに投げかける出来事だったのではないだろうか。
そもそもパブリシティ権という言葉を聞き慣れない人も多いだろう。パブリシティ権とは、簡単に言えば「有名人の人気や知名度を勝手に商売に利用されない権利」である。
例えば、ある企業が木村拓哉氏の許可もなくポスターに写真を使って商品を宣伝したらどうだろうか。あるいは大谷翔平選手の名前を無断で使って広告を出したらどうだろうか。消費者は「木村拓哉さんが推薦している商品なのかもしれない」「大谷選手が関係している商品なのかもしれない」と感じる可能性がある。
芸能人やスポーツ選手の名前や顔には、人を引き付ける価値がある。その価値を本人の許可なく利用されないための権利がパブリシティ権である。
これまでは俳優やスポーツ選手、タレントの写真や名前が無断で広告などに使われるケースが主な対象だった。しかし生成AIの登場によって状況は大きく変わった。今や顔だけではない。声まで再現できるようになったのである。しかも、その再現度は驚くほど高い。
今回の裁判では、生成AIによって津田健次郎氏の声を模倣したナレーション付き動画が多数投稿されていたことが問題となった。裁判所は「人の声は肖像と同様に個人の人格の象徴である」と指摘し、声もパブリシティ権による保護対象になり得るという画期的な判断を示した。
私は長年、ドキュメンタリー番組の制作に携わってきた。海外取材を行うと、現地の人へのインタビューを日本語に吹き替えることが少なくない。そんな収録現場で、私は声優という職業の凄みを目の当たりにしたことがある。
一人の女性声優だった。
収録が始まると、まずは6歳くらいの少年の声を演じた。かと思えば、次の瞬間には20代の若い女性になり、さらに50代の母親になり、最後には80代の老女へと姿を変えていく。もちろん姿は変わらない。変わるのは声だけだ。だが、そこには確かに年齢も人生も存在していた。
私はそのとき、「声優という仕事はここまでの技術を持った職人なのか」と心底驚いた。職人なのであれば、その職人が創り出した“声”という作品は保護されるべきだろう。
私たち視聴者は、アニメなどでもついキャラクターの顔や動きばかりを見てしまう。しかし、実際には、声が人物に命を吹き込んでいる。声がなければ、その人物は生きているようには感じられない。声優は単に台本を読む人ではない。年齢や性格、感情や人生そのものを声だけで表現する表現者なのである。
だからこそ私は今回の判決に大きな意味を感じる。
声は単なる音ではない。その人自身なのだ。
もっとも、興味深いのは、声優を取り巻く環境も大きく変わったことである。
かつて声優は「声の仕事」だった。顔を知らないまま活躍する人も少なくなかった。ところが今は違う。イベントに出演し、SNSを更新し、動画配信を行い、テレビ番組にも登場する。ファンは声だけではなく、本人の姿や生き方にも魅力を感じるようになった。
最近では、Netflixで配信されている美容整形業界を題材にしたドラマ『ダウンタイム』の中で、声優オーディションに合格するため美容整形を決意する女性が描かれていた。もちろんフィクションではある。しかし、その設定自体が現代社会を映し出しているようにも思える。
本来であれば、声優は声で評価される職業だったはずだ。しかし、今は顔も見られる。そしてAI時代になったことで、今度は声までもがコピーされるようになった。人間が長い年月をかけて磨き上げた技術や個性が、データ化され、複製され、瞬時に再現される時代が到来したのである。
私たちは生成AIの恩恵を日々受けている。便利になった。仕事も効率化された。私自身もその恩恵を実感している。だが、その便利さの裏で失われるものがないのかを考える必要もあるだろう。
あの日、収録スタジオで、一人の声優が何十人もの人生を演じ分ける姿を見ながら、私は「これは職人芸だ」と思った。決して機械的な作業ではない。長年の経験と努力によって磨かれた、その人だけの表現だった。
今回の津田健次郎氏の裁判は、一人の人気声優の権利をめぐる出来事ではない。生成AIによって人間の個性が簡単に複製される時代において、私たちは何を守るべきなのか。そのことを社会全体に問いかけた出来事だったように思う。
顔だけではない。名前だけでもない。そしてこれからは、声だけの問題でもないだろう。
AI時代の私たちは、人間にしか生み出せない価値とは何かを、改めて考えなければならないのである。
今日のVoicyは、このブログに関連して、私が興奮したドキュメンタリー現場の声優さんのスゴ技についてお話ししています。ぜひお聞きください!
#066 私が声優という仕事を尊敬する理由
https://voicy.jp/channel/1027821/8261061
「TBS NEWS DIG」より


