【今日のタブチ】なぜ「アフガンのお母さん」は信じられるのか――密輸ビジネスの闇に触れた記憶と『裸の山』のリアル

督永忠子氏の『裸の山』を読んだ。

督永氏と私の関係は長い。2002年にテレビ東京で経済ドキュメンタリー『ガイアの夜明け』が始まった際、「がんばれ!アフガンのお母さん ~復興支援の真実と密輸ビジネスの謎~」(2002年7月放送)で、パキスタンとアフガニスタンにまたがる部族地域、いわゆる「トライバルエリア」を取材した。この地帯は中央政府の統治が及びにくく、伝統的なパシュトゥーン人の部族自治が色濃く残る国境地帯である。長い間、紛争や武装勢力の温床となってきたが、当時も今も極めて危険な地域であり、治安上の深刻な課題を抱えている。
当時はタリバン政権が崩壊し、多国籍軍主導の体制に移行していたが、現場の実態はむしろ“何でもあり”の無法地帯だった。日本からのODA(政府開発援助)をはじめ国際援助も盛んで、「その支援物資が横流しされている」という情報が私のもとに入ってきた。調べていくと、さらに驚くべきことが明らかになった。

アフガン・トランジット(通過貿易)協定(Afghan Transit Trade Agreement)」は、内陸国であるアフガニスタンがパキスタンの港(カラチ港など)を経由して物資を輸入する仕組みを認めるものだが、それを利用した密輸が横行しているというのだ。アフガニスタン向けとしてパキスタンに陸揚げされた輸入貨物が、国境を越えた直後、あるいは越えることなくパキスタン国内へ「逆流」し、闇市場で販売される。本来パキスタンで高い関税がかかる電化製品や衣類、タバコなどが「通過貨物」と扱われることで回避できる仕組みである。

「おもしろい!」――いや違う、「許せない!」と思った。

しかし、これほど国家規模で行われている偽装構造の取材を引き受けてくれる現地コーディネーターなど、まずいない。だが、最後に手を挙げてくれたのが、督永氏が経営する現地旅行社「日・パ旅行社」だった。
現地で彼女の名前を出すと、人々の空気が変わる。警戒していた視線がふっと緩む。何処へ行っても「タダコ」ではなく、「オカァサン」と呼ばれている。村人の中には督永氏を「オカァサン」という名前だと思っている人が多い。異文化の地でここまで信頼を勝ち取っている日本人を、私は他に知らない。
督永氏と話をするうちに、私はこの人物の凄さに取りつかれていった。結果として番組のテーマは「日本のODAの在り方」や「密輸ビジネス」になったが、その実態は「督永忠子」という存在そのものをフィーチャーする内容へと収斂していった。「がんばれ!アフガンのお母さん」というタイトルに象徴される通りである。現地の人々が彼女をそう呼ぶのは、決して比喩ではない。そこには理由がある。

督永氏と私の関係はそれだけでは終わらなかった。
2005年、私はアフガニスタンのバーミヤン遺跡を取材する機会に恵まれる。このときも迷うことなく、現地の受け入れを督永氏に託した。海外、特に辺境地の取材において、「受け入れ先」すなわちコーディネーターを誰に依頼するかは、作品の出来を左右するだけでなく、命にも関わる。まさに死活問題だ。

それ以降、督永氏と仕事を共にする機会はない。だが今も連絡は取り合っている。これほどの人物が私とつながってくれていること、それ自体に価値があると感じている。
さらに言えば、彼女のすごさは過去の武勇伝にとどまらない。パキスタン大地震や大洪水の被災者支援を自ら行い、現在も北方地域で母子の健康を支えるセンターを運営している。初等母子保健指導や栄養指導・料理教室に加え、女性への縫製・識字教室、子どもたちへの算数教育まで手がけている。単発の支援ではなく、「現地に根を張る」活動を続けている。この一点だけでも、彼女の言葉がどれだけ現実に裏打ちされているかは明白だ。
だからこそ、彼女の言葉や描写には、机上の空論ではない“重さ”がある。
多くの人々がそう呼ぶ。その流れの中で、私も「アフガンのお母さん」と呼んでいる。だが、その意味は軽くはない。

いよいよ本論に入る。

ここまで督永氏の経歴や人となり、そして私との関係を書いてきたのには理由がある。現場で積み上げてきた実績と経験を持つ人間が書いた、しかもパキスタンという“ど真ん中”の地域を扱った書籍のことを述べたいからだ。まず、その督永氏の経験値と実績を鑑みただけでも、現地感覚に裏付けられた信憑性がないわけがない。しかも督永氏は、現在80歳を超えている。この年齢にして、この解像度、この密度で現場を書き切ることができる人間がどれほどいるだろうか。
例えば、一つひとつの描写が細やかで、圧倒的にリアルだ。陳腐な言い方だが、「映像が浮かぶ」「迫ってくる」という感覚に近い。私は現地を知っているがゆえに、「あるある」が次々と出てくる。それだけで本書が現実から乖離していないことは確信できる。“フィクション”であって“フィクション”ではない。その事実からは、督永氏の「大事なのは、現地で起こっている“現実”だ」という言葉が聞こえてくるようだ。
たとえば、バスの運転手が出発してからガソリンスタンドに寄るという場面。私もロケのたびに同じ経験をしてきた。「出発前に入れておけよ」と何度も腹立たしく思った。しかし、その背景にある理由まで督永氏はきちんと描いている。人間の行動には、“理由”“事情”があるのだ。
ヒマラヤ登山に挑んで遭難した登山家たちの裏話も印象的だ。長年現地で築いてきたネットワークに裏打ちされた情報であることは疑いようがない。世界中の富裕層が「ヒマラヤ登頂」という勲章を求め、その裏側で現地の人々にどれだけの負荷がかかっているのか、その構造も浮かび上がる。
さらに、2005年のパキスタン大地震の際に、僻地で自ら救援活動にあたった督永氏が見てきた現実が、そのまま立ち上がってくる。

本作は小説という形式を取っている。主人公も、いわば日本で言う「フリーター」のような存在だ。しかし、むしろこうした境界に立つ人材こそが、いま世界にとって重要なのではないかと思わされる。
タイトルの『裸の山』は、パキスタンに実在する難峰ナンガ・パルバット(Nanga Parbat、「裸の山」)に由来する。このタイトルに込められた意味を、読み手は正面から受け取る必要がある。
君は「裸の大将」になっていないか。自分で考え、判断する力を手放していないか。督永氏は「日本は“お子チャマ”社会」だと評した。この指摘は軽く受け流してはいけない。

私の敬愛する梅棹忠夫氏は言う。
「遠近遥かに隔たった二様の視点を持つことが、虚実を見極める」
まさに本書は、その視点を体現している。
日本の若者はもちろんのこと、パキスタンをはじめとする世界の若い世代にも読んでほしい一冊だ。

右の写真は「GLOBE」乗京真知撮影より

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