【今日のタブチ】バーミヤンで私が確信したこと――JICAアフガン人職員「全員雇い止め」は支援の終わり方として正しいのか
JICAがアフガニスタンの現地職員6人全員に対して雇用終了を通知したという記事を読んだ。職員たちは、JICAの後ろ盾がなくなればタリバンから迫害を受ける危険があるとして、雇用継続や第三国への退避支援を求めている。一方でJICAは、「状況が変化しており、離職した際に危険が及ぶことはないと想定している」と説明しているという。
私は2001年と2005年の二度、アフガニスタンを訪れている。2001年はタリバン政権崩壊直後の混乱期だった。2005年は復興への期待がまだ残っていた時代である。そのうち一度はバーミヤンの取材だった。私はあの巨大な大仏が破壊された現場をこの目で見た。正直、言葉を失った。文化財を壊したという話ではない。人類の歴史や文化そのものを否定するかのような徹底した破壊だった。そこには破壊者の強烈な意思を感じた。
だから私はタリバンについて語るとき、一般的な報道だけではなく、あの現場で受けた衝撃を思い出す。
彼らは一度信じたことを徹底してやる。そう感じた。だから今回の記事を読みながら、現地職員たちが抱く恐怖を簡単に否定することは私にはできない。むしろ私は、彼らの身の安全を本気で案じている。現地の状況をこの目で見てきた者として、そしてタリバンの徹底性を目の当たりにした者として、その不安を杞憂だと言い切ることはできない。
今回の問題で私がさらに気になった点がある。
なぜ今なのか。そして、なぜ6人全員なのか。
JICAは給与構造の見直しを理由としているという。しかし正直なところ、それだけでは説明として弱い。たった6人である。しかも日本人職員が常駐していないカブール事務所の実務を担ってきた人たちだ。給与制度の見直しだけで全員を一斉に雇い止めにする理由として、私はどうしても腑に落ちない。
もちろん私は、何らかの圧力があったと断定するつもりはない。証拠もない。しかし、この説明だけではそうした憶測を呼んでしまう。
それほど今回の決定は不自然に映る。それは、私が実際にアフガニスタンの現地で、首都カブールの壊滅状態やあのバーミヤンの光景を観ているからだ。この感覚は経験に裏付けされている。もう一つ気になることがある。
アメリカの援助政策との関係である。近年、アメリカはUSAIDを中心とする海外援助を大幅に削減し、アフガニスタン支援にも大きな影響が出ている。国連も国際援助の縮小による人道危機の深刻化を警告している。
もちろん、アメリカの援助削減が今回の雇い止めの直接原因だとは言えない。JICAは日本のODA機関であり、アメリカから資金提供を受けて運営されているわけではない。しかし、アフガニスタンを取り巻く国際支援環境が大きく変化していることは間違いない。
であるならば、今回の決定はそうした国際情勢と本当に無関係なのか。何らかの影響を受けていないのか。そうした検証があってしかるべきではないか。
ところが私が確認したところ、その点に踏み込んだ報道の分析は見当たらなかった。
なぜ今なのか。なぜ全員なのか。なぜ退避支援の議論が十分に見えてこないのか。
私にはそちらの方が気になる。
支援を始めることはできる。しかし、本当に問われるのは、支援を終えるときの責任である。長年、日本の支援を現地で支えてきた人たちに対して、日本はどこまで責任を負うのか。
日本はこれまでアフガニスタン支援の実績を誇ってきた。だが支援とは、学校を建てることでも井戸を掘ることでもない。本当の意味での支援とは、その仕事を共に担ってきた人々への責任まで含めたものではないか。
成功した時だけ「日本の国際協力の成果」と語り、状況が変わったら現地スタッフだけを残して去る。もしそれが事実であるなら、それは支援ではなく利用だったという厳しい見方も成り立ってしまう。
今回のニュースは、その重い問いを私たちに突きつけている。
私の今日の“興奮”をVoicyでぜひお聞きいただきたい。
#054 バーミヤンで私が目の当たりにした衝撃――20年前のアフガニスタン取材を思い出した朝
https://voicy.jp/channel/1027821/8227473
「四国新聞社オンライン」より


